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鬱病患者の北陸旅行 Chapt.2 能登を歩く

今回の旅行は、極めて歪な旅程を立てていた。
旅程と言っても、2泊3日の旅行で決めていたのは、往復の列車と宿泊するゲストハウスの予約のみで、何処へ何をしに行くか全く決めていなかった。
しかし、往路は富山に到着するのに、その日の夜は石川県の能登に宿を取り、復路は金沢発の特急に乗るのに、その前日に止まる宿を富山に取るという、かなり歪な旅程であったのである。
そんなわけで、富山に到着した私は富山駅で昼食をとり能登半島へ向かうことにした。

「すしの県」との愛称確立を目論む富山県は、その名の通り全国的にも寿司が大変美味しい県である。「天然の生簀(いけす)」と呼ばれる富山湾では白エビ、のどぐろ、ホタルイカなど、新鮮かつここでしか取れない海産物が豊富に獲れる。
元々北陸にはこうした海産物を食べるために来たこともあって、早速富山駅構内を徘徊していると、富山の魚を提供しているという回転寿司屋を発見したので入ってみた。
注文のパネルには、のどぐろ、真鯛、スズキなど全国チェーンの回転寿司ではあまり見られないメニューが見られ、「地揚げ」の文字もしっかりと書いてある。ひとまずその地揚げのネタを何皿か注文してみた。
程なくしてレーンから寿司がやってきた。

どれもこれも、本当に美味しそうな見た目である。
まずは自分が普段から好んで食べている鯛から食べてみる。...うん、おいしい。続いてスズキ。...これもおいしい。のどぐろ。...おいしい。

....

気づけば、私は機械的に寿司を口に放り込み続けていた。どれもこれも美味しい寿司だが、その美味しさに感動することはなかった。回転寿司のレーンに身体を向けながら魚肉と米を頬張る、無機質かつ機械的なランチが続いた。
気づくと皿が全て空になっているのに気づく。
熱い緑茶を一口啜ってから、会計をして店を後にした。

富山と金沢は、新幹線で40分ほどの距離である。今回の行き先である能登半島は、金沢から七尾線という路線に乗り換えて向かう形になる。
今回持っている周遊きっぷで新幹線に乗り、40分ほどかけて金沢へ到着した。
金沢駅は、新幹線の乗り場と在来線の乗り場が改札一つで乗り換えられるようになっており(大抵の大きな駅はこのようにすぐ乗り換えられるようになっているが)、七尾線へも直ぐに乗り換えが出来た。
七尾線の発車案内を見ると、次の列車は「花嫁のれん」という観光列車だった。せっかくならば観光列車に乗ってみたくもあったので、指定席券を買い求めてから列車に乗り込んだ。

指定された座席に座ると、ちょうど発車時刻らしく列車が動き出した。
車内は平日の昼ということもあり空いている。ぽつぽつと埋まっている席にはカップルや旅行中の主婦らしき人たちが乗っていた。七尾駅まで1時間超。私はぼーっと車窓からの景色を眺める。

いつもならば ーースマホにSNSが入っている状態ならば 嬉々として「平日の昼間に観光列車に乗る異常独身男性」などと、写真と共にどこまでも卑下した文章をSNSに投稿するだろう。そしてタイムラインを眺め、通知欄を何度も更新しながら投稿に寄せられる反応を血眼で追う。で、たまに思い出したように、車窓を眺めたり車内を探検したりもする。だが、今はSNSに投稿したいという気持ちは微塵にも起きなかった。というより、何もしたくなかった。SNSの代わりに持ってきた小説も途中で読むのをやめてテーブルの上に置いてしまい、何の思考も浮かばずにぼーっとしていた。後から聞いたところによると、鬱病の症状として、よく何もせずにぼーっとしてしまうということがあるらしい。まさに私は、その症状が当てはまっていた。そんなわけで、スマホと睨めっこし、時たま席を立って車内を探検するといったいつもの私の忙しい行動はなりを潜め、別人のように静かに車窓を眺めていた。
金沢を出ること1時間ちょっと、列車は能登半島の中程にある七尾駅に到着した。七尾駅は想像以上に田舎の駅で自動改札機すらない。改札を出ると、駅前の商業施設に荷物を預け、周囲を探索することにした。
今回行き先に七尾を選んだのには、一応の目的があった。それは、芥川賞を受賞した某作家の墓を訪ねるためである。だが、それを語るにはその作家について詳しく述べる必要があるので、また別の機会に書いていこうと思う。
墓参りを済ませ、お供物だったカップ酒とカルピスを入れた袋を持って、当てもなく歩き出す。七尾は古い街のようで、情緒溢れる古い建物が通りに並ぶ。それに人も凄く温かく、表に水を撒いている老人に挨拶なんかをしながら、何の気なしに海の方へと向かった。


港の方へ歩いて行くと、いくらかの漁船が停泊している。歩いていると手近なビット(船をロープで繋いでおく金属の小さな柱)があったので、その上に座り、カップ酒を開けて飲んだ。雲ひとつない青空で太陽がかんかんに照りつける中飲む酒は、なんとも形容し難い味である。海の方を見ると、七尾湾に浮かぶ能登島が遠く見える。その島の緑と海の波を、ぼーっと眺めた。
水には感情があるというが、今目の前にある海水も、感情を持っているのだろうか。もし持っていたら、何かのストレスで押し潰されるような罪悪感を抱いたりするんだろうか。否、結局は片付けるべき課題も悩むべき人間関係もなく、この広い大海原を漂っている海水には、そんなストレスは無縁なのだろう。そんな事を考えていると、海が堪らなく羨ましく感じてきた。
だが考えてみると、そんな海の水は、まさしく今の自分自身と同じなのではないかと思う。休職することで、課題や人間関係に悩むことがなく、こうして漂流するように北陸までやってくる余裕すらある。ずっとずっと悩まされていたことから、今は解放されている状態なんだ。そう思うと、何となく肩の荷が降りたような気がした。
そんなことを海を見ながら30分ぐらい考えていると、手元の飲み物が無くなってしまった。酷暑から避難するため、海沿いにある道の駅へと向かう。
道の駅で飲み物を買い、お土産屋を冷かしていると、いい時間になっていたので駅へと向かった。
列車で今回宿泊するゲストハウスへと向かう。そう遠くは離れておらず、列車と徒歩でもって30分ほどで到着した。
若い夫婦が営む、古民家を改修したそのゲストハウスは、平日の夕方5時という早い時間だったこともあり、自分以外まだ誰も客はいなかった。
チェックインを済ませると、夕食の準備をする。ゲストハウスでキッチンが使えたため、この日はスーパーで買った刺身を夕食にすることにした。

またもや地物の刺身だけを選んで買ってきた。
シャワーを浴びて、ご飯と味噌汁を用意してから、ゲストハウスの共用スペースでいつもよりだいぶ早い夕食をとった。
今回は3つも刺身を買ったが、とりわけ美味しかったのが、写真一番下のガンドという魚だった。ぶりになる手前の状態の魚らしく、初めて食べる魚だったが身が引き締まっていて美味しかった。こんな美味い刺身がスーパーで売っているのだから、石川県民は羨ましい。
そうして、ゆったりと夕食をとり、刺身のトレイと日本酒の瓶を空にすると、早くも眠くなってきた。時刻は19時を回ったぐらいである。
夕食を片付け、歯を磨いてから自室へと引き上げた。今回の部屋は畳敷の部屋に布団が敷いてある形で、そこな豆電球が吊るされているという昔の日本の寝室そのものの部屋だった。
薬を飲みぼーっとしていると、早くも眠気が回ってくる。時刻を見るとまだ8時にもなっていないが、感覚としては0時前のような眠さだった。
私は目覚ましをセットすると、そっと豆電球の明かりを消して眠りについた。

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