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ミックス力を鍛えるTips

たまにはビール以外の話をしよう。
というわけで音楽の話。

まだnoteでミキシングの話を真面目に書いてないなぁと思って途中まで書いてみたのだけど、筆が止まってしまった。
世の中にはいくらでも初心者向けのミキシングのTipsコラムが転がってて、今更私が書くまでもない。

でも、どんなに良いTipsを読んでも、なぜか苦手な人はずっと苦手なまま。
それはなぜだろう。

本当に難しいのは正解と間違いの境目を見極めることだから、ではないだろうか?

Tipsには明確な正解と、明確な間違いを書くことはできる。
でも、正解と間違いの境界を教えるのは難しい。
そこを線引きするには、耳で得た情報をロジックと結びつけるスキルが必要。だけど、それは教えることも難しいので頑張って身につけてもらうしかない。

なので、その「判断する力」をどうやって身につけるか、その一つの方法について書いてみよう。

■どうやって判断する力を身につけるか

「判断する力」を身につける方法として私が推したいのは、ミキシングで「やっていいこと」に制限を掛けること。
「ミキシングで採れる選択肢」を「ミキシングで必要な最低限のこと」に限定してしまおうという話。
もちろん、それは妥協するラインを下げる訓練ではない。
ミキシングで必要な最低限のことを、漏らさずすべてやり切るための訓練。

音楽は自由だ。制約などいらない。
聞こえの良い言葉だけど、うまくいっていないのであれば何か対策を考える必要があるだろう。
今までの自由なアプローチでうまくいっていないのなら、一度制約のある世界を体験してみるのも良いんじゃないだろうか。

あるいは、ミキシングを極めたいのではなく、イージーなオペレーションでそれなりに良いミックスに仕上げたいだけ、という人もいるかもしれない。
そういう人にはAIミキシングツールをお勧めする。完璧ではないかもしれないけど、ギリギリ合格点くらいはコンスタントに出せるかもしれない。
楽をしたいのであれば、そのあたりで妥協しておくのがいいんじゃないかな。

というわけで、これから制約の一覧を書いていこう。
基本的には使うツールの話で、ボリュームフェーダを書いたりすること自体は自由。
そこに制約を課す意味もわからないし。

■制約1:EQは1種類しか使わない

いきなりだけど、EQは1種類しか使ってはいけない。
1種類しか使えないとなると、自然と使えるEQは限られてくる。
具体的に言うと、モデリング系は基本的に、細かい制御ができないので選択肢から外れてくると思う。

音源を問わず仕事をしてくれるEQは絶対に必要。
色々なTipsを読んだ人なら必ず何か一つは持っていると思う。
それを使おう。
何もなければDAW付属のEQでいい。

あ、後述するけどダイナミックEQはNG。
それができるような機能も備わっているものはあるけど、まずは静的なEQでできる限りのことをしてみよう。
EQにオートメーションを書くのは禁止しないけど、その努力をできる人が、このルールでミックスする必要ってあるのかな。

これは、EQの目的を思い出すための訓練。
EQは、特定の帯域をカットしたりブーストしたりするツールだ。
何のために、どんな意図で、どこをカットしたりブーストしたりするのか。
ひとつのEQで色んな音源を扱うことで、自分なりにロジックを組み立てられるようになる。

同時に、好きなEQのキャラクターの、どんなところが好きなのかを学ぶこともできる。
今までなんとなくで選んでいたものが、どういう場面だからこれを使うのが効率がいい、というのを説明できるようになる。
……かもしれない。

ちなみに、リニアフェイズEQとしても使えるものだと便利。
位相が問題になるような場面で、位相のことを気にせずに使えるから。
そういう場面は現代のミキシングだとかなり多いだろうし。

ツールは自ずと、カット方向が得意な、色付けのないデジタルライクなEQになると思う。
ルールを守りさえすれば何を使ってもいいのだけど、例えばAPIの550や、NEVEの1073だけで全部できるという人は多分いないんじゃないかな。

■制約2:EQはカット方向にしか使わない

極論を言うと、EQは帯域が飽和してしまうことを防ぐために使うものなので、ブーストする必要はない。
だからカット方向にしか使ってはいけない、という訓練。
ぶっちゃけ、当たり前のことを当たり前のようにやるだけなので、別に訓練でも何でもないとは思うのだけど。

これの目的は、まぁ言うまでもなく。
帯域が飽和してしまうのを防ぐという、EQ本来の使い方を覚えること。
さらに言うと、ミキシングと音作りをはっきり区別できるようになることが目的。
音作りの用途としてもEQは使えるのだけど、慣れないうちは音作りとミキシングが混ざってしまう。
それを分けて考えられるようになる、というのがゴールかな。

もちろん音作り自体を禁止するわけではない。
ミキシングの前のステップで何をやってもOK。
混ぜてみて、音作りが良くないからと前のステップに戻るのもOK。
ミキシングの段階で音作りをしない、それだけ守ればよろしい。

■制約3:EQは2バンドまでしか使わない

ただしHPFとLPFはカウントしない。
これは最低限の変化で最大限、目的の音に近づけるための訓練。
本当に問題のある帯域を見つけだすための訓練でもある。
欲を言えば1バンドで何とかしたいところだけど、さすがにそれは厳しいなと思うことが多いので。

この制約があるとスパイクEQ的なQの狭い掛け方は難しくなってくるのだけど、それ自体が目的でもある。
何本もスパイクして、結果的に「Q広げて一箇所下げれば良かったんじゃないの」みたいなパターンはよく見かける。
特にミキシングに不慣れな人は、スパイクEQは避けた方がいい。
強烈な効果を生むテクニックではあるけど、どんな場面でも使えるものでもないし、それ以外に問題を解決する手段がないということもない。

■制約4:コンプも1種類しか使わない

これもEQと同様、コンプの本来の役割を思い出すための訓練。
特にコンプは種類が豊富で、しかもキャラクターの濃いものが多い。
思考停止して、そのキャラクターで音を上書きしてしまうミキシングからの脱却を目指したい。

近年、コンプは通すと何か良くなる魔法のツールとして扱われてしまっている感がある。
でもその前に、ちゃんと基本的な使い方が身についていないと。

まず、コンプはダイナミクスとトランジェントをコントロールするためのもの、というのを思い出せるようになろう。
そして、その本来の役割を果たすためには、どんな設定にする必要があるのかを覚えよう。
コンプが1種類しか使えないと、どんな音源にはどんな設定が合うのか、というのも強制的に身につくようになる。
さらに、どんなセッティングにするとキャラクターの濃いコンプを再現できるのかを試してみるのもいい。

そういう経験値があって初めて、どんな場面で何を選択するのかという判断が自分の意思でできるようになる。

そんなわけで、コンプもEQと同じくオーソドックスでデジタルライクなコンプになるんじゃないかな。
アタックとリリース、レシオがコントロールできるのはもちろん、ニーやサイドチェインフィルターなんかも弄る場面が出てくると思う。
インストのゴリッゴリなEDMとかだったら違うかもしれないけど、それはもう好きにしてくれとしか。
特化したミキシングができるようになりたいのであれば、その用途に特化したものを使えばいいので。

で、そういうものを完璧に使いこなせるようになってから、「時短のために」他のツールに手を出すようにしたい。

■制約5:ひとつの音源に二度、同じプラグインを通さない

これは難しい。
今までの制約と掛け合わせると、非常に難しい。
EQは1種類しか使えなくて、しかもカット方向、2バンドまでしか使えない。
そのカット方向にしか使えない2バンドのEQひとつで、全ての問題を解決しなきゃいけない。
コンプもそうだ。ダイナミクスやトランジェントの問題は、すべてひとつのコンプで解決しなきゃいけない。
でも、それくらいしなきゃ制約にならないでしょ。

トラックでコンプやEQを掛けるのであれば、バスコンプとかバスEQとかも全部禁止。
バスコンプでやりたいことは本当にトラックコンプでできないことなのか、試してみよう。
マスタートラックに何かを挿すなどもってのほか。それは絶対にNG。

これは、ひとつのツールにしっかり役割を持たせて、その役割をしっかり果させることが目的。
ツールは課題を解決するために使うもの。そして、ミキシングの前段階で丁寧に作っていれば、ひとつのトラックにいくつも課題があるような状態にはならないはず。
そういった状態で、課題解決のために最短で最大の効果を得るにはどうしたらいいかを考えられるようにする、そしてその引き出しを増やすのが目的。

もちろん、くだらない抜け道をなくすことも目的のひとつではあるけど。
ここまで制約を掛ければ、ちゃんとツールを使いこなせるようになる……と思う。

ちなみに副産物として、この訓練に慣れるとミキシング中のPCの負荷がすごく下がる。
経験値めっちゃ増える上に、数十万浮くのでめっちゃコスパ良い。
マジでみんな、なんでこの訓練やらないのか不思議でしょうがない。

あ、ちなみにDMG EQualityはM/Sモードに限り2回使って良いことにする。
だってあのEQ、MとSに同時にEQ掛けらんねえんだもん。2台立ち上げるしかねえじゃん。

■制約6:他に使っていいものはあんまりない

まだまだ制約はある。
コンプが使えないならリミッターを使えばいいじゃない、とか、そんなマリーさんみたいなことは言わせない。

他に使っていいのは、ディレイと、リバーブと、ステレオイメージャー。MonoToStereo系も使ってよし。トランジェントデザイナーもOK。
意外と多いね。
しかもこれらのツールはいくつ使っても良し。
なんて自由なんだ。

制約といいつつ空間系は割と自由に使えるね。
これは簡単な理由で、万能なリバーブなんてものは存在しないからだ。
ルームが得意なやつもいればホールが得意なやつもいる。プレートが得意なやつもいる。
でも全部が得意で、どんな音源にも使えて、高品質なやつはあんまりいない。
ディレイもそう。デジタルなやつを使いたい時もあればアナログなやつを使いたい時もある。自由に使えばいいと思うよ。

ステレオイメージャーとMonoToStereoは別になんでもいいや。
それをいっぱい使ったり、色々使ったりしたところで得なことがあるわけでもないし。

あと、ヴォーカルトラックに限定して、ディエッサーは使ってもいいかな。
EQにオートメーション書きまくることを強制しても、何か得られるものがあるわけでもないし。

ノイズゲートも使っていい。編集するの面倒くさいし。

歪み系はダメ。
まずは歪ませずに99%まで追い込めるようになろう。
歪ませると何かをしたような気になってしまう。
歪ませることで何を得るのかを理解して使う分にはいいけど、ミックスが苦手といってるうちは選ぶべき選択肢ではないと思う。

でも、歪むコンプを使うのはOK。
それだけを使うことになるけど、それでもいいのであればご自由にどうぞ。

トランジェントデザイナーは使ってもいいかな。
アタックを立たせるのは、初心者の場合はコンプよりもトランジェントデザイナーを使った方が良さそうな気がする。
エキスパンダーは無しで。

もちろん、音作りの段階では何を使ってもOK。
音作りの段階でミキシング的なアプローチをするのも全然構わない。
何をしているのかを理解しているのであれば何の問題もない。
そうでないとしたらおそらく上達する意思がないのだろうけど、それはそれで、私には何の問題もない。

■制約7:妥協してはならない

これが最後の制約。
制約があるから80%の音にしかなりませんでした、とか言ってるうちは何のスキルアップにも繋がらない。
制約はあるけど、今回のルールでは、どうしようもない状況というのは滅多にないはず。

100%の出来にはならないだろうけど、ここから先はほとんど自己満足の域、と言えるくらいまでは追い込みたい。
実際にはEQでブーストができないのと、ダイナミックEQが使えないので結構厳しいと思うけど。

どうしても妥協せざるを得ない時は、ツールを見直してみよう。
汎用的に使うために選んだツールは、本当に汎用的に使えるのか。
あるいは、汎用的ではあるけど、本当に自分の要求を満たせるレベルのものなのか。
私の経験では、汎用性の高いツールのクオリティを上げたときの方が、投資に見合った効果を得られるなと思う。

■余談:こんなものは制約でもなんでもない

制約を課すといったけど、だいぶ緩いよね。
完全ではないかもしれないけど、ある程度自由にミキシングできると思う。

現に私は、これよりほんのちょっと緩い程度のルールで混ぜてるので。
ちなみに緩くなるのは以下のルール。

  • 時短のために、PultecのEQは低域側に限り一度だけ掛けてよい(ただし、EQuilibriumを買ったらこのルールは撤廃する)

  • Pultec系のEQは、EQの回数制限やバンド数制限にはカウントしない

  • 時短のために、FET系のコンプと、Metic HaloのChannel Stripのコンプ部分も使ってよい(バスコンプもOKにしてたけど、最近使わなくなってきた)

  • 種類の違うコンプは、合理的な理由があるのであれば一度だけ重ねて掛けてもよい

  • 合理的な理由があるのであれば、EQも一度だけ重ねて掛けてよい

  • 歪みはひとつの音源に対して一度だけ使ってよい

  • EQは、カットとは別に二箇所までブーストしてよい

  • ダイナミックEQはOxford SuprEsserを使うことができる

ただ、効率重視で以下の制約を加えていたりもする。

  • ディレイとリバーブをインサートするのはNG。必ずパラレルで使うこと

  • ディレイとリバーブ以外をパラレルで掛けるのはNG。必ずインサートで使うこと(Dry/Wetツマミの使用はOK)

これはどちらも、その掛け方をすると後から音量を調整し直さないといけなくなるため。
一度フェーダの位置を決めたらなるべく動かしたくないので、こう決めてしまった方が私にとっては効率がいい。

あとは以下も追加。

  • On/Offを切り替えた時に、効果が明らかでないものは外さなければならない

  • リニアフェイズでスプリットしていないマルチバンド系は絶対に使ってはならない

そんな感じで制約というよりは、コントロールできない状況にしないためのコツみたいな感じ。
絶対にこうしなければならないとまでは思ってないけど、どんな場合でもだいたいこの範囲に収まってるよなーとは思う。
さっさと見切りつけて、録り直したり差し替えたりしてるっていうのもあるけど。

もちろんミキシングは自由なので、私以外の人間が何をどんな風に使おうが自由。
どのような理由でそれを選び、その設定になったのかをきちんと説明できるのであれば、ね。

余談の余談。
今回のルールで使用NGとしたツールはもちろん、ミキシングで使うべきではないツールというつもりはない。
どういった特性を持ったツールなのかを理解した上で使えば何のデメリットもないし、その特性を他で再現する労力をカットしてくれる良いツールがほとんどだと思う。
ただ、個性を理解せずに使ってしまうことは、基本を見つめ直すには遠回りになるんじゃないかな。なので、今回のルールでは使うことは推奨しない。

■このルールでうまく混ぜるコツ

コツはある。すごく簡単な話で、「良い譜面を書く」「良い演奏をする」「良い音で録る」。ミキシングの前段階で良くする、ただそれだけ。
打ち込みの場合は丁寧に打ち込んだり、ちゃんと目的に合った音源を選んだりすることをお勧めする。

ミキシングでできることが10あるとしたら、レコーディングでできることは100あって、演奏でできることは1000くらいある。編曲でできることなんて、無限にある。
逆に言えば、超高級で超かっこいいミキシング用のツールを買ったところで、それまでの工程がダメなら絶対に良いものにはならないと思う。
ちなみにこの話で言うとマスタリングでできることは1にも満たない数字なので、負債をマスタリングに丸投げするのも良い結果には繋がらないと思う。

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