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ラウドネスノーマライゼーションの話:応用編

以前の記事は、ラウドネスノーマライゼーションは難しい話ではないからプロだけじゃなくて趣味で作るクリエイターも意識してもいいんだよ、っていう意図で書いたもの。
今回はそこから発展して、「今までの価値観がこれから大きく変わる、じゃあこれからどんなことができるだろうか?」という話をしようかと。

ラウドネスノーマライズはマスタリングだけの話ではない

ラウドネスノーマライズの話が、マスタリングで音圧を稼ぐか稼がないかという点でしか語られないのはかなり疑問。
既にお茶の間に浸透しつつある規格の是非について考えるのは周回遅れ。それにどう対応するかという話でも、マスタリングのみに限定するのはナンセンス。

過度に音圧を稼がなくていいのであれば、今までとは違うどんな選択肢を採ることができるか。今はそういうことを考える段階で、それはマスタリングより前の時点でも同じ話だと思う。

不要なエフェクトは外すことができる

前回も書いたことの繰り返しなんだけど。
もちろん、それはマスタリングだけの話ではない。

音色のためじゃなくて、音圧のためにやっていた全てのプロセスは外すことができる。
例えばトラックごとにブリックウォールリミッターを刺すとか、今後はそういう「本来必要のない」プロセスを挟む必要はない。
音圧のためにやむをえず選択してきた今までの形は、もう捨ててしまって構わないと思う。

新しいフォーマットに合ったミックスの形

今までは「良いミックス」とは「音圧の稼げるミックス」だった。
これからは音圧を稼がなくていい時代なので、今までの価値観がそのまま通用するとは限らない。
通用とか言っちゃうと誰と戦ってるんだって感じだけど。フォーマットが新しくなったことで、価値観もこれから新しくなっていく。

それがどういうものかは、まだ誰にもわからない。
結局同じような価値観のままかもしれないし、そうではないかもしれない。
今はまだその新しい価値が定まっていない段階なので、とりあえず私が思いつく(というか、実践している)、ラウドネスノーマライズ環境の利点を生かしたミックスの考え方をだららだと列挙してみる。

音圧を稼ぐためではない音量バランスの形

音圧を稼ぐ=ピークを抑えるためには、ピークの出やすい楽器の音量を下げるのが一番いい。つまり、ドラムのフェーダを下げればいい。
コンプやリミッターを掛けるより簡単なこと。
事実、〜90年代の音源と比較して、特に00年代の音源はとてもドラムが小さい。

ドラム以外が大きい=全体的に大きく聞こえるからこのバランスが正しい、という価値観が覆された今、改めて聞いてみると90年代の遠慮しないバランスのミックスは迫力があってとてもかっこいい。
曲自体がすごいダイナミックに聴こえるし、薄っぺらさは感じない。
再生音量がピークレベルに左右されないのと、ドラム自体がピークの鋭い減衰音なので、ラウドネスノーマライズとの相性はとても良い。
音圧競争時代の音源に慣れてしまっていると馴染むのに時間が掛かるかもしれないけど、これからのミックスでも使えると思う。

フォルティッシモより大きな音を出すことができる

リミッターという存在のせいで、「大きい音」には上限があった。
どんなに大きな音を表現しようと思っても、リミッターが定めた上限以上の大きな音を出すことはできない。

それが、リミッターが外れたおかげで「より大きな音」を表現のひとつとして使うことができるようになる。
真っ先に思い浮かぶのは、ゲームや映画のBGMと効果音の関係。
BGMに埋もれないために、効果音はそれよりも大きな音量で再生される。その表現はそのまま、音楽の中でも使えるんじゃなかろうかと。

ピーキーなトランジェントを表現として採り入れる

突出したピークをなくすために、マスターじゃなくてトラック単位でリミッターを挿したりとか。
著名なエンジニアでも未だに使うとは聞くのだけど、ラウドネスノーマライズ環境ではほとんど効果がない。
実はマキシマイザーを通るかつてのフォーマットでも、本当に効果があったのかは……という話はさておき。

そうなると、今までピークリミッターで削られてきた、突出したピークという音の表現自体が今後は使えるようになる。
トランジェントの鋭さは音の遠近感の表現に使えるので、今後は奥行きの表現に「より一歩手前の音」という表現を加えることができるはず。

音圧戦争時代の価値観を、少しだけ引き継ぐ

より高い音圧を目指した時代に生まれたノウハウは大きく分けて二つ。
より大きな音を出すためのノウハウと、マキシマイザーを介してもダイナミクスを意識させるためのノウハウ。
前者は完全に不要になるけど、後者はこれからも、音のデフォルメのためのノウハウとして今後も使えると思う。
必要な情報だけを取り出すことであったり、特徴的な情報をより強調することであったり。

誤解されがちだけど、ラウドネスノーマライズ環境というのは「ナチュラルであれば良い」というわけではない。
ミックスというのは極論、いかに嘘をつくかということでもある。
そのためには音のデフォルメは欠かせない。

……と、私が思いつくのはこんなところ。
リミッターという制限の外れたフォーマットなので、まだまだこんなものではないと思う。
無限の可能性の中から、多くの人の支持を得た方向性がトレンドになって、今後の形が決まっていくのだと思う。
未知数すぎてどんなものになるのか、想像もできないので楽しみ。

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