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触れてなぞって離れて見つめる

雨の繁華街。いつもなら衣装と一緒に陰鬱さを脱ぎ捨てられるのだがなんだか鬱々とした気持ちが払拭できなかった。

働いているお店の入ったビルから出ると着飾った人々が傘をさしていた。細い雨が電飾に反射して銀色の光が降っているようだった。

手荷物が多いのが嫌いな私は多少の雨なら傘を持たずに家を出てしまう。靴や鞄が水を弾かなくなる前にはだいたい後悔をするのだが。

電気のついていない冷たい部屋に直帰して色々と考え込んでしまうのが嫌だった。別に飲み直す気分にもなれなかったけれど近くのバーに友達が出勤していたので重たい体を引きずるみたいに傘の合間をフードを被って歩いた。

「傘ないの?」「俺ら二人どっちの方がカッコいい?」「かわいいね」「どこいくの?」旧型のロボットたちがテンプレートのようにキャッチの言葉を投げかけていたので、携帯に目を伏せて聞こえないフリをした。

鬱陶しいなぁと、自分の世界に入り込みかけたら俯きすぎて電柱に思いっきりぶつかった。しつこく言葉を投げかけながら後ろをついてきていたロボットが初めて「え?大丈夫?!」と人間に戻って笑って傘をさしてくれた。 こんな夜は街は人は、クソだなあなんて偽物のエモに浸かりきってしまうところだった。型抜きされる前の私も「痛いです」とその日初めてただの人間みたいにふふっと笑えた。

返事をしたらまた顔が硬くなって「行きたいところまで送るよ」と、お兄さんがロボットに戻ってしまった。「大丈夫です」ときちんと断って携帯をポッケにしまい目的地に着くまで顔を上げて歩いた。電柱にぶつからないように。少し軽くなった体で。

階段を駆け上がってバーに着いたら友達はいつものように床にへたり込んでいて他のスタッフさんに「友達来たよ」と言われると笑顔で駆け寄ってきてくれた。

スタッフにも見知った人がいたので「わ〜久しぶり」などと声をかけてもらいながら席についてしばらく話した。なんだか楽しくなってきてしまい、お酒を飲みたくなったのできつめのお酒を流し込んだ。

なんだかよくわからない虚無感と友達の顔を見た安心感と脱ぎ捨てきれなかった綺麗どころの自分みたいなものがぐちゃぐちゃに混ざってしまって全くアルコールが回らなかった。

離れたカウンター席に座ったお客さんが私たちの飲みっぷりに笑ってくれていたので、一緒に飲みましょうと一杯だけご一緒させていただいた。満足したので席に帰ろうとしたらフードを掴まれた。

「煽ったんだから飲めよ!」と。楽しくなりそうな雰囲気を察知して心が踊った。ダウンを脱ぎ捨て「シャバシャバなお兄さんが煽ってくる〜」「お姉さんも一緒に飲んでください!」など言いながらカウンター席にいた人全員を巻き込んだ、久々の無礼講が楽しくて始終笑っていた。

「34ちゃんが遊びに来るときは来れるなら絶対来るよ」「お店遊びに行くね」「何かで繋がっておきたいからSNS教えてください」なんて嬉しい言葉をかけてもらえて、重たかった体が随分と軽くなった。遊んでくれてありがとうの気持ちでいっぱいだった。

「もうベロベロやから寝とき!」と声をかけられている友達が言われているほど酔っ払っていない気がしたので「そんなに酔ってないやろ」と言ったら「ちょっとだけ」と悪戯っぽい笑顔を見せてくれた。可愛かった。

やっぱり私は人の笑顔が好きだし笑ってもらうのも嬉しいし触れ合っている時間をとても尊く感じる。興味を持ってもらうこと、興味を持つこと、相手を知ろうとする姿勢や時間というのはどれだけお互いの関係が深くなっても不可欠なことなんだろうなぁと帰路についた私は考えていた。

お店を出るときには友達だけじゃなくはじめましての人達まで階段を降りてお見送りしてくれた。

タクシーの中でもずっと笑顔だったのだろうか「いい夜でしたか」と声をかけてくれた運転手さんと話し込んでしまった。お会計に小銭がなくて探していたら「小銭いいよ、体に気をつけてね」と「コロナのせいで商売にならない。マスクもないし」と言っていたおじさんに、鞄に入っていた新品のマスクの箱を渡して近所のおじさんにさよならするみたいに手を振った。

家に帰るとカーテンの隙間は白みはじめていてまだ夜を引きずったままだと今日に置いていかれる気がしたので目一杯温度を上げたシャワーを浴びてバー特有の匂いを排水口に流した。


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