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果て。

不要不急の外出はお控えください。 呼びかけがされて1ヶ月が経とうとしている。

コーヒーにミルクをそっと落とした時のまだら模様がとても好き。そっとストローでかき混ぜると黒と白の境目がなくなって濁ってく。

今年は春がなかったなぁ。四季折々と謳われているはずの私の生まれたこの国の、その時その時の美しさが少しずつ短くなっているように感じている。非常階段の濡れて乾いたアスファルトに張り付いた桜の花びらを見つめた記憶も真新しい。

今日は薄手の服を着た。薄いベージュのセットアップ。まだ新品の匂いのする服に袖を通した。呼びかけのされた時よりも人通りの増えた繁華街を背筋を伸ばして歩きいつもより少なく列をなすタクシーに乗り込んだ。

夢を見た。きっとこれが現実だったらば私はきっと泣いてしまうような。眩い光と人との密を感じる距離、弾ける音。

この一瞬がただ春の世の夢の如しだと鋭利さを増して突き刺さる。日常こそ二度と得難いものなのだと、無差別に流れる文字や情報で気づかされ、真綿で首を絞められているような感覚を覚える。

全部、洗い流すくらい靴下までぐしょぐしょになるくらいの大雨が降ればいいのになぁ。空が少し高くなっていつもより色が鮮やかなそんな日が。

不要不急の外出はお控えくださいと流れる町内放送をBGMに聞きながら職場に向かう人通りのない朝はさながら滅亡した世界に立ち向かうヒーローの気分。そんなのが日常になるのも飽きてしまう。

大きな流れの一粒でしかない私は今日もお腹の空かないままお酒を飲む。

はて、幸せとは。はて、人との在り方とは。お日様の匂いのする毛布に包まれるような毎日を、マンションのエントランスから見える向かいの花壇の花が咲き誇るそんな昨日を抱き抱えて、白む空を眺めています。



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