チャランガ・アバネラ歴代最高のボーカルは誰か?

キューバのトップ、サルサ・グループのひとつ、

チャランガ・アバネラ(Charanga Habanera)。


そのリーダー、ダビ・カルサド(David Calzado)が、

チャランガ・ファンにとって、すごく気になる質問に答えた。


その質問とは・・・



質問:チャランガに戻ってきて欲しいボーカルを2人選べるとしたら誰?


答え:
1.レオ・ベラ(Leucidio Vera)
2.ミシェル・マサ(Michel Maza)

へえ〜。

ふたりとも、90年代のボーカルとは。


でも、このふたりのこと、よく知らない。

んで、調べてみた。


何なに。

レオは、1991年から1994年まで、チャランガに在籍。

キューバの右端のグアンタナモ生まれで、イスラ・デ・ラ・フベントゥ(Isla de la Juventud)にちょっと住んだ後にハバナへ。

そこで、チャランガのボーカルとして活動を始める。


チャランガ・ファンなら知っている曲のオリジナルは、レオのボーカル。


例えば;

- Mi estrella
キューバのオリコンチャートで15週連続1位を記録した、チャランガの代表曲。


他にも、

- Placer de amar
- Me sube la fiebre


1994年に、チャランガを卒業。


チューチョ・バルデス(Chucho Valdés)のイラケーレ(Irakere)に移籍。

イラケーレでのヒット曲は、"Hombre casado”。


その後は、ヒラルド・ピロト(Giraldo Piloto)のクリマックス(Klimax)など、複数のグループを渡り歩く。

自身がリーダーのバンド活動もしている。


そして、もう一人。

ミシェルは、ハバナの音楽一家に生まれた。

(キューバのミュージシャンによくあるパターンね。)


母は歌手のベアトリス・マルケス(Beatriz Márquez)。
父もトロピカーナで歌手をしていた、ぺぺ・マサ(Pepe Maza)。

ミシェルは、音楽学校でピアノを勉強した。

1995年に16歳でチャランガに加入。


エル・メノール・デ・ラ・サルサ(El menor de la salsa)というステージネーム(mote)で親しまれた。


ミシェルがボーカルの頃のチャランガのヒット曲は、

- Pa’ que se entere la Habana
- Dime que te quedarás


1999年に体調を崩してチャランガを脱退。
復帰後に一時、チャランガ・フォーエバー(Charanga Forever)に在籍。

しかし、すぐに脱退し、自身のバンドを立ち上げる。
このプロジェクトは途中で頓挫するが、ソロ活動を継続。

・エリート・レベ(Elito Revé y su Charangón)
・パブロ・ミラネス(Pablo Milanés)

など、キューバのトップ・アーティストとも共演している。

私生活の乱れに足を引っ張られて、溢れる才能を発揮できていないのが残念。


よく知らないと思ったけど、声はよく知ってました。

チャランガはボーカルが結構変わっているから、名前と顔を一致させるのがちょっと大変。

特に、2000年以降にチャランガの事を知った自分みたいな人には。


音楽に詳しいキューバ人に聞けば、一発なんだけど。

そんなに気軽に聞ける友達おらんし。


そんなこんなで、チャランガの歴代最高歌手は誰かという話でした!

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