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[書評]現実と小説がリンクする 文学者たちは、中央線沿線をどう描いたか

こんにちは、今回は、矢野勝巳著『文学する中央線沿線 小説に描かれたまちを歩く』をご紹介します!

明治大学博物館学生広報アンバサダーの三宅南緒です。
皆さんは、小説を読むときに登場人物たちが住んでいる町や、物語の舞台になっている地域に興味をもったことはありますか?
多くのフィクションに登場する地名は実在しない名前であることが多いですが、それらも含め、実在する場所がモデルになっていることがあります。
最近は「聖地巡礼」という言葉もよく耳にしますね。

私は『人間失格』で知られる太宰治先生の小説が好きなのですが、太宰先生の小説には東京の地名が多く登場します。特に三鷹杉並区天沼のといった地名は常連です。
杉並が地元の私にとって、太宰先生の小説はいつかの杉並を知ることができるひとつのバイブル的な存在だと思っています。

すこしとっつきにくい小説たちも、自分が住んでいる町を描いていると知ってから読めば、物語の情景を思い浮かべることができてよりストーリーに没入することができます。

そこでおすすめしたいのが、『文学する中央線沿線 小説に描かれたまちを歩く』

文学する中央線沿線
小説に描かれたまちを歩く

著者名:矢野勝巳
出版社名:ぶんしん出版
定価:1,700円
単行本: 224ページ
発売日:2023.05.01
ISBN:978-4893902009

中央線沿線には多くの作家たちが住んでいた

東京を横断する中央線。JR東日本のオレンジ色の電車ですね。
新宿から立川を結ぶ甲武鉄道として歴史をスタートさせた中央線ですが、沿線には多くの作家たちが足を運び、さらには居を構えていました。

石井桃子、太宰治、井伏鱒二らの近代作家から、村上春樹、大江健三郎、三浦しをんらの現代作家までもが中央線沿線を舞台とした小説を残しています。

『文学する中央線沿線 小説に描かれたまちを歩く』では、新宿以西の中央線を駅ごとに区切り、それぞれの駅にまつわる小説を短く紹介しています!

荻窪編 井伏鱒二『荻窪風土記』

本書の中で私がいちばん好きな話は、荻窪駅編の井伏鱒二『荻窪風土記』です。鱒二が『新潮』の第一回連載で寄稿した「荻窪八丁通り」には、次のように述べられています。

「新宿郊外の中央線沿線方面には三流作家が移り、世田谷方面には左翼作家が移り、大森方面には流行作家が移って行く」

日本近代文学を学ぶ人間として、これは非常におもしろい表現でした!
たとえば……
宇野千代(代表作『色ざんげ』)らの小説にはよく大森の地名が登場します。宇野千代は一時、大流行女流作家となりました。
(あらすじや『色ざんげ』の書誌情報は以下のリンクからご覧ください)

太宰治の小説には、杉並や三鷹の地名がおおく登場し、宇野千代の小説には大森周辺の地名が登場する……
小説の舞台になりやすい場所からも、それぞれの作家の立ち位置が垣間みえるようです。

武蔵小金井・国分寺編 大岡昇平『武蔵野夫人』

さらに本書では大岡昇平『武蔵野夫人』で描かれている小金井周辺の景色について、
虚構の事項詳細に描かれた武蔵野の風景や地形とを織り交ぜることにより、時を経ても古びることのない唯一無二の武蔵野を描いた小説となった」
と述べられています。

つまり、小説内に描かれている風景と実際の風景には齟齬がある、ということなのですが、これは小説を読むときにぜひ注目してほしいポイントです👀
これまで正確に描いてきた風景を、作者はなぜある場面では事実と異なるように描いたのか。

物語の展開に必要だったから、というのが一般的な答えです。
キャラクターが、それが目に映らないほど落ち込んでいたのか。
それとも、恋人が待つ駅まであまりに近すぎると臨場感に欠けるから、わざと距離を伸ばしてみたのか。
はたまた、ただ単純に作者がそれを見逃していただけなのか。

再読するときには物語の展開だけでなく、実際の風景と物語の風景のちがいに着目してみると新しい発見があるかもしれません!

「描かれた場所」から読み解く文学

物語の展開を考察するのではなく、物語の舞台となったまちがどのように描かれているか、という点にのみ着目した本書。小説の導入としても最適です!

自分の地元にまつわるお話として、東京散歩のおともに、そして中央線からの景色を眺めながらぜひ読んでほしい一冊です!


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