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分かち合う韓国の食文化(「どこにいても、私は私らしく」#3)

よく韓国のどういうところが好きなのかと聞かれる。いろいろある中で、一つは「分かち合う食文化」だ。たくさんの人が集まってキムチを一緒に漬けるキムジャンはその代表だ。漬けながらつまみ食いしたり、漬けたてのキムチ(コッチョリ)を蒸し豚と一緒に食べたり、というのがだいご味。スーパーでキムチを手軽に買えるようになっても、冬の一大イベントだ。親戚や地域の人が集まってわいわい楽しそうなキムジャンの様子が毎年報じられる。

分かち合いはキムジャンに限らない。高速バスに乗っていて、隣に座ったおばさんがゆで卵とみかんをくれたことがある。特に会話を交わしていたわけでもなく、突然、それも当然のようにくれるので驚いた。韓国の友達にそれを話したところ、「一人で食べる方がもっと変」と言う。

家族と離れて留学生活を送る私が寂しく一人で食べているのではと心配してくれる人も多い。家で作ったおかずを持ってきてくれたり、外食のたびに誘ってくれたり。そういう時は、お腹だけでなく心まで満たされた気持ちになる。日本でも仕事の関係で家族と離れて一人で暮らしていたが、私がちゃんと食べているかどうかを気にするのは母ぐらいだ。日本では家でも外でも一人で食べることに慣れている。

食事を共にすれば、自然と会話が始まる。私が日本にいた時よりも韓国にいる方がよくしゃべるのは、一緒に食べる文化のおかげのようだ。

それを実感するような出来事があった。ソウルで開かれた学生フォーラムの時だ。日本と韓国のメディアで働きたい、あるいはすでに内定している学生たちが集まって4泊5日、合宿をしながら取材し、記事を書いてみるという行事だった。私は学生たちが取材し、記事を書くのをサポートする役割で参加した。

日本から来た学生の中には中国人留学生もいて、図らずも日中韓3ヶ国の学生が集うことになった。最初は互いによそよそしかった学生たちは、4泊5日、一緒に過ごすうちに仲良くなっていった。最終日、自分たちで撮った写真の中から1枚を選び、その写真について発表する時間があった。その時、何人かの学生が似たような写真を選んだ。夜遅く、ホテルの一室にたくさんの学生が集まってお酒とおつまみを前に話し合っている写真だった。

日本の多くの学生は普段あまり政治や歴史について話さない。「韓国や中国の学生は日本の政治や歴史についても詳しいのに、自分たちはあまりにも知らない」と驚く学生もいた。

夜に学生同士で話し合った内容を尋ねてみると、その一つは「日本政府はどう謝罪すればいいのか」ということだった。元慰安婦のハルモニ(おばあさん)たちが共同生活を送る「ナヌムの家」を訪ねた時、ハルモニが「日本政府の心からの謝罪を求める」と話していたからだ。

「ナヌムの家」を訪ねる前日、日本の学生2人が私の部屋へやって来て、「どのように質問すればハルモニを傷つけないで話を聞きだせるか」を一緒に考えた。一方、ハルモニは高齢でその日の体調によっては会うのも難しいかもしれないと聞いていた。一生懸命準備している学生たちに「話を聞けない可能性もある」と前もって言っておいたが、予想外にハルモニは「質問する前に私の話を聞きなさい」と言って、数十分にわたって自身の被害体験を語ってくれた。話に水を差してもいけないので、録音して後で訳すことにして、そのまま韓国語で聴いた。ところが、韓国語の分からない日本の学生何人もが泣き出した。表情や話しぶりからも伝わってくるものがあったようだ。

その経験から、ハルモニのために自分たちができることは何だろうと考え始めたのだろう。日本の学生の多くが「日本では慰安婦について政治的な問題として報じられ、どこか他人事のように感じていた」と話していた。

韓国や中国の学生たちと寝食を共にし、討論するなかで、決して他人事ではないと感じただろう。分かち合う韓国の食文化が、学生たちの口と耳、そして心を開いてくれたのだと思う。

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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