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韓国文学の読書トーク#14『ワンダーボーイ』

「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載です。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間でライターの田中佳祐さん。
お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

竹田:いやー、同じ小説を繰り返し読むのは楽しいですね。
田中:僕たちはよく、カフカの『変身』の読書会をしますよね。
竹田:過去に10回はやってますね。
田中:話すことがなくなるようで、語り尽くせないです。
竹田:今回の『ワンダーボーイ』を「韓国文学の読書トーク」で取り上げるのは2度目ですがずいぶん新しい発見がありましたよね。
田中:この連載で、一番最初に書いた記事が『ワンダーボーイ』でした〔CUON BOOK CATALOGに掲載〕。あの時から考えると、だいぶ韓国文学を読んできましたね。
竹田:それでも、韓国文学の魅力はまだまだ尽きないですね!
田中:というわけで「新しい韓国文学」シリーズの14冊目となる今回は、瑞々しくも残酷な青春をテーマとする『ワンダーボーイ(キム・ヨンス著、きむ ふな訳)です。

『ワンダーボーイ』日本語版刊行記念イベント(2016年7月 CHEKCCORIにて)
左から、きむ ふなさん、キム・ヨンスさん、すんみさん

田中:思い出話はさておき、改めてあらすじの紹介をしましょう。
竹田:物語の冒頭で紹介されるのは、現代美術家ナムジュン・パイクの「グッド・モーニング・ミスター・オーウェル」です。このビデオアートはタイトルから分かるように、全体主義をテーマにした作品を書いたSF作家ジョージ・オーウェルを対象とした作品です。

ジョージ・オーウェル 著、高橋 和久 訳、早川書房 刊、2009年

ジョージ・オーウェルの名前が出てくることから分かるように、物語冒頭の舞台は1984年です。主人公のキム・ジョンフンは、父親と車に乗っていて事故に遭います。一命をとりとめた彼は人の心が読める超能力を持つようになり、運命が劇的に変わります。
孤児になったジョンフンは、政府の裏の仕事に従事させられることになります。具体的には、超能力を使ったスパイの尋問です。とても酷い日々に耐えかねて、彼は政府の施設から脱走を試みます。その後、主人公はいろんなところを流転しながら、政治的激動の時代の中、父の死と向き合い、恋をし、成長していきます。
作品の構成は、様々な登場人物のストーリーが描かれていたり、幼い頃に亡くした母の手紙が差し込まれていたり、宇宙の写真が載っていたりと自由で実験的な小説の楽しみを味わうことができます。
この構成が主人公と一緒に物語を歩んできた読者の心に沁みるようでした。
田中:そして、ジョンフンが成長する物語と不可分に、1980年代の韓国の民主化運動のなかで、政府の圧力や暴力によって傷ついた市民や、その家族の苦しさが描かれます。

竹田:前回は青春小説として楽しんだけど、今回は歴史に注目して読みました。
田中:1980年に民主化を求める学生や市民に向けて軍が発砲する「光州民主化運動」が起き、その後も言論弾圧や国家権力による市民への暴力が行われていました。物語はそのような激動の時代を生きた市民たちの痛みが等身大の目線で記録されているところがとても印象的ですね。
竹田:主人公は人の心がわかってしまう超能力者という設定が、歴史を描く上でも生きているような気がしますよね。市民たちは政治的な暴力にさらされていて、政府は市民の心を操ろうとしているわけですから。
田中:些細な出来事を丁寧に重ねて描写していくことで、登場人物たちがただの歴史上にいたかもしれない人物のメタファーとして出てくるのではなく、ちゃんと小説のキャラクターになっています。単なる歴史を啓蒙する本じゃなくて、魅力的な小説になってる。
竹田:キム・ヨンスって感じがしますね。
田中:僕たちは『世界の果て、彼女』も読みましたね。『ワンダーボーイ』同様、繊細な人物描写が印象的で、韓国社会の人と人との距離を描いている短編集です。
竹田:そうそう、『ワンダーボーイ』は家族小説としても読めるなと。お父さんとの関係。父を失ったあとのクォン大佐との関係。いろいろな形の家族。
田中:僕はやっぱりセリフがかっこいいと思った。たぶん、『世界の果て、彼女』の時にも言っていると思うけど!

田中:再読してみて、印象的だった場面はありますか?
竹田:テレビ番組のシーンですかね。
田中:かなりたっぷりありますよね。超能力少年たちを紹介する番組。
竹田:以前に読んだ時にはエンタメ的で、単純に面白いシーンだと思っていたんです。面白い人たちです! ジャーン、みたいな。でも、今回読んだ時はとっても皮肉が効いているシーンで、社会を批判しているんだなと思いました。大人の虚しさと子供の残酷さ、冷静さがごちゃごちゃしたシーンに詰まっていて。何度も読み返しました。
田中:珍しいですね。普段あまり読み返さない竹田さんが。
竹田:そうなんです。辛いシーンでもあるし、でもやっぱり出てくる人々は魅力的なんですよね。
田中:たしかに。もしもドラマ化されたら、この番組に出てくる人のサブストーリーが作られてもおかしくない。
竹田:それは面白そうですね。

田中:僕が印象に残ったところは、「僕らの顔が互いに似ていくということ」の章全体です。
竹田:範囲が広いよ! でも、タバコのシーンいいですよね。
田中:そうなんです。主人公にとって大きな存在となるカント兄との出会いのシーンなのですが、タバコの苦さを描くことで、単なる幸福な一場面ではないということを示しているようでした。

僕たちは本当に似ているのだろうか。秋の日差しの下、ほどよく乾燥した藁が思い浮かんだ。火をつけたらどうなるんだろう。どんな味がするんだろう。火をもらえないかと彼に言った。タバコに火をつけて、それが自分の人生のすべてであるかのように煙を吸い込んだ。熱く、いがらっぽい煙が喉を圧倒してから、すぐに肺へと押し寄せてきた。瞬間、咳き込みながら体がふらふらした。吐き気がして、頭がくらくらした。
「ワンダーボーイと言われても、すべてが上手くできるとは限らないんだね」
「タバコのせいじゃありません」
眉間にシワを寄せて咳き込みながら、僕は言った。
「じゃ、何のせい?」
「さっきの言葉のせいです」
「どんな言葉?」
「僕たちの顔が似ている、僕を求めている、あれほどまでに待っていたのは僕だった……その言葉、のこと」

『ワンダーボーイ』p153~154より抜粋

竹田:特別な力を持った主人公だけが見えていた、「とても明るい光」に対してカント兄が共感してくれるシーンですね。
田中:そう! カント兄が自分を理解してくれるような場面なんだけど、人が自分に共感してくれると同時に、めまいがするっていうのはなんとなく分かるような気がする。
竹田:ひねくれ者の我々としては、誰かに自分のことを分かってほしいんだけど、分かってほしくないっていう感情がありますからね。
田中:いつまでたっても、思春期の子供のわがままな心を忘れられないです。

田中:あれ? 前回の原稿を読み返したら、冒頭でカフカの『城』の話してるじゃん!
竹田:結びもカフカをネタにしていました(笑)
田中:15回〔うち1回は特別版〕も連載してるのに、結局同じ話ばっかりしてる。
竹田:同じ話といえば、僕たちの好きなカフカの作品「掟の門」ですが、「審判」にも出てくるんですよね。
田中:長編の一部になる寓話を、独立した短編として公開していたらしいです。
竹田:それで思い出したけど、カフカの話でさあ……
(その後も、またカフカの話で盛り上がる2人であった。)

…………………………………………………………………………………………………………………………◆PROFILE
田中佳祐
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。単著『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)。共著『読書会の教室』(晶文社)。文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)編集員。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。
https://twitter.com/curryyylife

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
・双子のライオン堂・公式サイト https://liondo.jp/
・双子のライオン堂・YouTubeチャンネルhttps://www.youtube.com/channel/UC27lHUOKITALtPBiQEjR0Dg/videos

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◆BOOK INFORMATION
新しい韓国の文学14『ワンダーボーイ』
(キム・ヨンス=著/きむ ふな=訳)
1980年代、軍事政権下の韓国。政治によって民衆の命や権利が軽々と踏みにじられた時代。人の心の声が聴こえるようになった少年の目に映ったものとはーー。
寓意的な物語を通して、社会を変えるために抵抗し続けた人々、遺された人々の哀しみとともに、未来への眼差しを描いた長編小説。
ISBN:978-4-904855-38-6
刊行:2016年5月
ワンダーボーイ キム・ヨンス(著) - クオン | 版元ドットコム (hanmoto.com)


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