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囲碁史記 第83回 方円社二代目社長 中川亀三郎と秀栄の本因坊再襲

秀甫の追善会

十八世本因坊秀甫

 明治十九年七月、対立を続けてきた方円社長の村瀬秀甫と十七世本因坊秀栄は、後藤象二郎の仲介もあり和解が成立、秀甫は十八世本因坊となり坊社は合流することとなる。
 しかし、喜びも束の間、秀甫は十月十四日に急逝し、早くも後継問題が発生していく。
 明治二十年五月八日、芝の紅葉館において秀甫の追善会が開催されたが、そこに秀栄の姿はなかった。クーデターに失敗して朝鮮から亡命し、後藤象二郎らの紹介で秀栄と出会い親友となっていた金玉均が、朝鮮の宗主国である清に配慮した日本政府により小笠原諸島へ流されたため、秀栄は金玉均に会いに行っていたのである。ただ、この時期、秀甫の後の本因坊の座をめぐり対立が起こっていて、秀栄はワザとこの時期に小笠原諸島訪問を合わせ東京を離れたのではないかとも言われ、滞在は約三ヶ月にも及んでいた。
 さて、秀甫の追善会についてであるが、本因坊側からは元当主である土屋秀元が出席している。
 『囲棋新報』に掲載された対局の結果は次の通りである。

 秀甫の追善会
      互先 十六世本因坊土屋秀元
  中押勝 先番 林 千治
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         小林鉄次郎
   中押勝先番 巌埼健造
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   五目勝   梅主長江
      先番 樋口建良
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   一目勝   吉田半十郎 (五段)
      先  稲垣兼太郎
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      先番 梶川升(五級)
   持碁 互先 内垣末吉
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         大沢銀次郎
   三目勝先番 中根鳳次郎
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       勝 今井金江茂
      先番 井上保申
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         杉山博雄(七級)
   一目勝先番 丸山本政

 『囲棋新報』掲載にあたり、秀元は段位ではなく十六世本因坊と記述されているが、これはまだ低段である秀元に対する配慮であろう。対局も追善が目的だからと打掛にすることなかく、きちんと打たれている。
 また、中川亀三郎は、このとき名代目社長として会を主催し、対局を行っていないのも注目すべき点である。

勝負碁をめぐる混乱

 秀甫が亡くなった後に発生した本因坊の継承問題について、「坐隠談叢」には次のように掲載されている。

 明治十九年十月十八世本因坊秀甫死して其の承継人を定むるに当り、秀栄は十八世を秀甫に譲りし時、後藤伯立会にて、十九世たるべき者は斯界の長者を推すの条件を以てせり。されば此の前約をまんが為、普く碁界を見渡すに、当時秀栄と比肩するに至るべきものは僅に七段中川亀三郎一人あるのみ。而して亀三郎は名人丈和の子にして、坊門の縁故最も浅からざれば、是と輸贏ゆえいを決して坊門を奪はるることあるも、衷心ちゅうしん些かの遺憾なしとし、承継争碁の手合を申込みたり。
 此の提案に碁界は震動せり、或は曰はく、両虎争へば一虎傷つかん。宜しく争碁を中止すべし、と。或は日は く、亀三郎由来斯道に貢献する所すくなからず。一時、彼を以て相続せしむべし、と。方円社の多数、此の説に賛し、後藤伯また前約を忘却せし如く、却て此の亀三郎承継説を是認し、秀栄に向って之を諭すに至り、四囲の事情は稲麻竹葦とうまちくいの如く、諸説囂々ごうごうとして、而も人情の甚だ頼む可らざるを観取し、秀栄は奮然として宣言すらく、 亀三郎にして対局せずんば即ち此の秀栄が再相続を是認せしものと看做すべし、と。次いで亀三郎も亦、当初より承継の意思なかりし旨を言明して、紛々一年余に亘りし承継問題も、玆に一段落を告げぬ。
 抑も当時の形勢を案ずるに、方円社は隆々たる勢力を以て、出来得べくんば、亀三郎を推して第二の秀甫たらしめんと欲し、亀三郎自らも大に意ありたるものの如し、一方、秀栄に至りては、風露多年、幾辛俊(酸)をめ 尽して、孜々しし昼夜を怠らざりしもの、一に此の来るべき時機を期待しものにて、実に千載一遇、に逸するを許さんや、其の争碁を主張せしは当然の理勢にして、其の間、一点の非難を加ふべきものなし。而して当時の技術は七段なるも、実力は八段に近く、為に方円社が鋒鋩ほうぼうを避けたる所以なり、と伝へらる。時に明治二十一年なり。

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