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#12 「選択肢」がある幸せ

長男の不登校のこと。

小五の長男は1月末から、学校へ行くことができない。
次男の不登校の初期の反省があるから、親としての関わり方も変化している部分がある。

1 無理を互いにしない
 「登校して」と強く長男に言い過ぎないこと。言い過ぎたり、身体を引っ張ったりして、次男の時はたくさんバトルをした。そのバトルは、親子関係を悪くし、次男の癇癪を引き起こしたことがあった。だから、長男とは言葉のやりとりに徹することを意識する。

2 親の私が気にしすぎない
 我が子のことだから、心配は当然するけれど、「長男の課題」と線引きができるようになった。私ができること、長男ができること、私が声をかけて変わる部分があれば、ラッキーと思える心の余裕?成長がある。

3 学校に関して
 ここが、次男の時と一番違う。
次男の時は、担任の先生とうまく連携ができないかった。具体的には、家庭での困り感をわかってもらえているのかな?と常に不安だった。
 「登校刺激を与えないように」
 「しばらく様子をみましょう」
この言葉たちで、うまく片付けられて、ほったらかしにされている、気にかけてもらえない、登校していないと存在がないと同じ、と感じてしまうほどに、学校からの働きかけも提案もなかった。これに対しては、痺れを切らして、カウンセラーに相談したり、連絡帳を書いて想いを伝えたり、家庭の方からしてほしいことを伝えていった。
 長男の学年の先生たちは、「一緒に長男のことを考えていこう」の思いがとても伝わってくる。長男の家庭の様子を伝えることに対して、会った時に、感謝の言葉がある。「どうですか?」と家庭での様子を気にかけてくれる。こちらが伝えた状況に対して、学校でできそうなことを複数提案してくれる。
 それらが、とてもとてもとてもとても、嬉しい。

前にも書いたけれど、不登校になると、子どもに関することを全て家庭で計画して、実行していく必要が出てきて、それを負担に感じることが多くしんどい気持ちになってしまう。

・一緒に考えてくれる存在があることの心強さ
・ひとりぼっちじゃないよ、という安心感
・提案してもらったことに対して、全部はうまくできないだろうけれど、
 その中から選ぶことができる、「選べる」という希望

「選ぶことができる」「選択肢がある」
「みんなが見ていてくれる」「できたらラッキー」
そんな あれこれが とても嬉しい。

学校は組織だから、担任の先生だけで不登校の家族を抱え込まずに、チームでできうるいろんなことを、考えていくことの大切さ、重要性を、不登校の親として感じた。

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