見出し画像

ショートショート「世にも奇妙な色々物語⑤「夜汽車に乗って」



78歳。
この歳になると、朝、窓を開けたら差し込んでくる陽の光まで別の意味に思えてくる。
それを″希望の朝″と呼ぶのは、小学生までか…。
男やもめには、訳の分からんモンがわいてくるらしいなぁ。
昔から勉強が苦手やから、よぉ、知らんけど…。
ただ、今になって天国にいる女房の事をよく思い出す。
あの時には、分からなかった色々が、今となったら、後悔と共に押し寄せる。
ちくしょう。
わしが何したって言うんや。

わしは、最近、毎晩の様に、街の外れにあるスナックに通っている。
ママが入れてくれた酒は、うまい。
この瞬間だけ、全てが忘れられる。
最近のスナックは、若者達の姿もちらほら。
古き良き昭和の時代も、若者の間では、話題になっているらしい。
自分が生きている今より、過ぎ去った昔に憧れを抱く感情。
若者達の気持ちが、分からなくもない。
酒を呑みながら、わしは思う。
女房と過ごした何気ない日々が、一番しあわせやったなぁと…。
あの時は、そんな事、露程にも思っていなかったのになぁ。
人間というものは、つくづく勝手な生き者や。

若者達は、この店のカラオケを歌いたがる。
それは、わしにとっては、好都合や。
歌は、良い。
聴くのは、好きや。
「この曲、実は、文化祭で皆と合唱した思い出の曲なんよね!!」
一曲歌い終わっての、若者の曲についての思い出話も、好きや。
そう、しみじみ浸りながら、酒を呑んでいると、若者達にマイクを渡された。
「ねぇ!!おじさんも何か歌ってよ??」
わ、わし??
実は、わしは、今までの人生、歌をろくに歌ってきた事がない。
学校でも、家でも、歌うフリは、してきたんやけれど…。
わしが歌を歌うのは、どうも性に合わないというか…。
「おじさんは、合唱で何を歌ったの?」
若者のキラキラした瞳で聞かれたら、答えないわけにはいかない気がするのは、不思議な感情やな。
わしに、孫がいたら、こんな感じか…。
「学校では、皆で『夜汽車に乗って』を歌ったかな…?」
わしがポツリとそう答えると、若者の一人が勝手にカラオケに曲を入れてしまった。
わしは、動揺してママに目配せをしたが、ママは、
「初めて、歌うところを見ますね…。」
と目を輝かせて言うものだから、引く訳にはいかなくなった。
若者達も、盛り上がっている…。
わしは、渡されたマイクを握り、渋々、歌い始めた。

「♪夜汽車に乗って、君に会いに行く〜
まだ、一目しか会えていない我が子よ〜
君は、その目で何を見たのか〜朝の輝きか〜雨の日の寂しさか〜母の愛か〜父の姿を目に焼き付けておくれ〜まだ、一目しか会えていない愛しい我が子よ〜夜汽車に乗って、君に会いに行く〜♪」
もし、この歌唱がのど自慢大会だったとしたら、鐘一つだぞ…。
わしは、シンと静まりかえった辺りを見回したら、なんと皆の目から涙が溢れ落ちていたのだった。
若者は、声に出して泣いていた。
「何、この名曲…。私今すぐ、ダウンロードする!!!」
と言いながら、タイトルを確認してくる。
若者達は、古すぎて″夜汽車に乗って″を知らなかったんだろうなぁ…。
ママは、
「初めて歌声を聴いたんですけど、とってもお上手で…。」
と言い、泣きながら拍手をしていた。
わしは、人生で初めてまともに声を出して歌ったのだ。
歌が上手い訳がない。
ママの優しいお世辞なのだが、例え、それがお客様相手の嘘でも嬉しかった。
わしは、一口酒を呑んだ。
歌を歌い終わった後の酒は、尚更、美味い…。
酒が、全身に染みて行く様だった。
今日は、良い夜だ…。

次の日の朝、わしは、窓を開けた。
何だろう…??
いつもと同じ行動なのに、今日は、不思議と体が軽く感じる。
しかも、太陽の光が気持ち良いとまで思う様になった。
何なんだ??
この心境の変化は…??
しかも…だ。
いつまでたっても、お腹が空かない。
このまま、一日を過ごしても良いと思う位に元気だ。
しかも、気分も沈まない…。
今日、わしは、行きつけのスナックに行く事もなく、一日中部屋の中で、″夜汽車に乗って″を口ずさんでいた。

あれから、わしは、スナックに行く事もなく、ご飯を食べる事もなく、一日一日を気の向くままに過ごした。
それでも、わしは病気になる事もなく、健康そのものである。
鏡を見て自分の姿を確認してみるが、痩せ細ってもおらず、特に変わった変化もない。
でも、これは、普通じゃない。
異常だ。
わしが、こんな風に変わってしまったのは、生まれて初めて歌を歌ってからだ。
わしは、歌について色々調べる事にした。

歌を歌うと″幸せホルモン″と呼ばれる、アドレナリンやドーパミン、エンドルフィン等の脳内ホルモンが出るという事だ。
しかも、人前で歌うと、歌う前の緊張感と歌った後の安心感で自律神経のバランスが整い、免疫力がアップするという事が分かった。
恐るべし、歌のパワーだ。
わしは、今まで、人生で歌をまともに歌った事がなかった。
これは、わしの仮説だが、他の人間は、歌を歌う度に、分割して、これらの歌の恩恵を受け取っていたわけだが、わしは、今までの人生の中で、ろくに歌を歌ってこなかったので、歌のパワーを一気に一括で受け取ってしまった。
その結果わしは、78歳の姿のままで不死となってしまったのだ。

わしの周りの知り合いの人間達は、次から次へとこの世から去って行くが、いつまで経っても、わしの順番は来なかった。
他の人間に不審がられる前に、わしは、この街を去らなければならないだろう。
「♪夜汽車に乗って この街を出て行く〜
  もう二度と戻っては来れないこの街よ…
  君との思い出が溢れているけれど〜
  この心に刻んでいるから忘れやしないのさ
  もう二度と戻っては来れないこの街よ…
  夜汽車に乗って この街を出て行く♪」
時代は流れ、もう夜汽車なんてものも運行していない。
わしは、一体何に乗って、どこへ向かえば良いのか??
78歳で、時が止まってしまった身体を引き摺って…。
わしは、もう永遠に妻とは会えないのか…??
わしは、もしかしたら今までは、一日、一日を嘆きながらも、いつか天国で妻に会える事を楽しみに生きていたのかもしれない。
泣き、苦しみながらも、そこには一欠片の希望というものがあった。
それが、突然こんな不死の身体になってしまったのだ。
なぜ、わしだけが、こんな運命に…??
わしは、誰も答えてくれない、この難問に自問自答をし続けるしかなかった。

わしは、自分で作った滅茶苦茶な替え歌を口ずさみながら、妻との思い出が残るこの街との永遠の別れを前に、久しぶりに涙というものを流したのだった。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?