見出し画像

《伊折甚句》~虫倉山麓の里に残る景気のいい踊り唄(長野県長野市中条)

長野市西部の村々は西山地方と呼ばれ、自然いっぱいの環境、里山に抱かれたところです。旧中条村は犀川から北方に広がるエリアを中心とした山村です。中でも中条のシンボル、虫倉山の麓に位置する伊折にはいくつかの民謡が歌われてきました。

虫倉山遠景(長野市中条)

特に、松代藩との関連からさまざまな歌が伝えらました。《伊折甚句》もそんな踊り唄の1つです。


唄の背景

虫倉山の山懐に伝わった踊り唄
伊折のある虫倉山は、地元では大姥山とも呼ばれ、親しまれています。当地には「大姥伝説」がありますが、虫倉山には「大姥様」を祀る虫倉神社が7社あるそうです。

大姥様の銅像(虫倉山観光案内所・虫倉山道しるべ前)

この大姥様は、怪しい山姥とは異なり、その伝説は心優しいお話が多いようです。また、昔から子育ての神様として知られてきました。

〽︎ちょいと小褄を 返したならば
 裏に廻れと 悟りゃんせチョイト
 [付け]
 廻れと 廻れと 裏に
 裏に廻れと 悟りゃんせチョイト

詞型は7775調の甚句形式ですが、一通り歌い切ると、付けが下の句第3句の後半4文字を2回繰り返し、その後3文字を返します。そして、更に下の句を再び歌います。この返し方は、北信地方の甚句にはいくつか見ることができる形式です。
例えば、長野市大豆島の《大豆島甚句》は、次のように歌われます。

〽︎[音頭]
 ままよ大豆島(ソーレ)蚕の本場
 [付け]
 ソレ娘やりたいノ(ソーレ)チョイト桑摘みに
 [音頭]
 やりたい(ソーレ) やりたい 娘
 [付け]
 ソレ娘やりたいノ(ソーレ)チョイト桑摘みに

素唄の後の返し方は同様です。大豆島では返しを音頭取りが歌いますが、伊折では素唄は独唱で歌い切り、返しは別の人々が付けるようになっています。
また、下の句の最後に「チョイト」を付けて歌い切るのも特徴です。前述の大豆島でも「チョイト」のリフレインは歌われますが、第4句目の前に入ります。伊折のように最後に歌うパターンは近隣には見られない特徴のように思われます。それ以外は、北信地方の甚句系の踊り唄に似ています。

松代の芸能が伝わったものか
伊折はかなりの山村ですが、松代藩とのつながりがありました。第8代藩主の真田幸貫が、我が子の無病息災を願い、虫倉神社に大鳥居を寄進したそうです。そうしたためか、いろいろな歌が奉納されたようです。おそらく松代の花街で歌われたような唄が伝わったものと想像されます。
なお、この種の踊り唄は盆踊りに歌われることが多いです。同じ伊折でも《十万石盆踊り唄》が盆に踊られていました。資料によれば、《伊折甚句》は秋の彼岸の中日に、伊折の廣福寺の境内で踊られたといいます。
戦前までは楽しく歌い踊られ、若者たちの出会いの場でもあった踊りも、戦後には途絶えていくのであったそうです。
そうした時代の流れのなかで、歌詞については、昭和23年(1948)に新しい歌詞を集めたといいます。《伊折甚句》を大事に歌い継いでいこうという、伊折の人たちの心意気がここにあったものと思います。


音楽的特徴

拍子
2拍子

音組織/音域
民謡音階/1オクターブと4度

伊折甚句の音域:1オクターブと4度

歌詞の構造 
基本の詞型は7775調の甚句形式です。唄バヤシはありませんが、当地域に多い、2偏返して返す歌い方が付きます。

〽︎ちょいと小褄を 返したならば
 裏に廻れと 悟りゃんせチョイト
 [付け]
 廻れと 廻れと 裏に
 裏に廻れと 悟りゃんせチョイト

演奏形態

唄バヤシ
締太鼓
※近年では鉦、笛を入れて伴奏としています。

下記には《伊折甚句》の楽譜を掲載しました。

ここから先は

1,712字 / 2画像 / 1ファイル

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?