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《開田大根種》~酒席のセレモニーの古式ゆかしい納め唄(長野県木曽郡木曽町開田)

開田は霊峰・御嶽の裾野に広がる高原の村で、平成の大合併で木曽町となりました。特に木曽馬の名産地として知られた山里です。

霊峰御嶽

古くからの習俗を伝えていて、古い民謡が残されていることでも知られています。中でも、酒の席でのセレモニーの納めに歌われた古い民謡に《大根種》があります。


唄の背景

開田の酒席のセレモニー
開田では古い風習が残されていたことは、井出道貞による「信濃奇勝録」に記述があることで知られています。
また、酒宴の始めにはまず酒を2杯飲み、3杯目を注ぐと《横手》(めでた)、《三遍返し》といった祝い唄を歌い、4杯目を飲み干し、5杯目を注いだところで、納めの唄として《大根種》が歌われます。《横手》に始まって《大根種》までがセレモニー部分で、これが終われば他の唄を歌ってもよいことになり、様々な唄が歌われたのだそうです。
《大根種》の詞型は、甚句形式の7775調ではなく、75574調です。また、返しが着くことも特徴です。ハヤシ詞以外を示すと、次のとおりです。

〽︎目出度きものは(7) 
 大根種(5)
 花咲きて(5) 
 実がなりて俵(7) 
 重なる(4)
 [返し]
 その唄返やせ(7) 
 いよ戻せ(5)
 花咲きて(5)
 実がなりて俵(7)
 重なる(4)

返しは、元唄のメロディそのままです。
《大根種》の歌詞は次の3つです

〽︎目出度きものは 大根種
 花咲きて 実がなりて俵 重なる

〽︎目出度きものは そばの種
 花咲きて 納まり三つの 蔵建つ

〽︎目出度きものは 芋の種
 葉が広うて 茎長うて孫子 栄ゆる

大根種、そばの種、芋の種は、古来より縁起のいいものとされてきました。
大根は、白い花が咲き、実は黒く小さな粒状です。俵のような形をしているので、米俵を積み重ねたようだといわれています。
そばは茎が赤く、花が白いので、まず紅白のめでたさが感じられます。また、種の形が三角形なので、三角=みかど=帝にかけて、縁起がいいものとされています。
芋は里芋(八ッ頭)で、茎が長くて葉が大きいのが特徴。根元の親芋のまわりには子芋ができ、そこから孫芋ができていくことから、子孫繁栄として縁起のいいものとされています。
なお、返しの歌については、婚礼の席では絶対に歌ってはいけないというルールがあります。

源流は関東の古い祝い唄
この唄の源流は、竹内によると現茨城県・千葉県・東京都・神奈川県に広く分布する「芋の種」であると考えられます[竹内 2006:561-565]。その元唄は、次のようなものです。

〽︎これさまの 
 めでたいものは 芋の種
 茎長く 葉広く子供 あまたに

575574調という詞型が元ですが、やがて第1句目の「これさまの」が取れて、75574調となったようです。

古調の田植唄と共通する祝儀唄
新潟県十日町市等、魚沼地方を中心とした広い地域では「天神ばやし」という祝い唄が知られていますが、「芋の種」と同系統の唄とされています。新潟でも土地により、いろいろな歌い方があるようですが、よく歌われるものとして、次のような歌詞があります。

〽︎目出度いものは 大根種 大根種
 花が咲き揃うて 実のやれば俵 重なる
 花が咲き揃うて 実のやれば俵 重なる 

詞型については、繰り返しや語調によって伸縮はありますが、基本的に75574調が保持されています。

また、信州には芋の種系の田植唄が残されています。例えば、飯山市富倉の《田植唄》は、次のような歌詞です。

〽︎五月が来れば 思い出す
 おらが殿 水掛け論で 討たれた
 水も水 夜水の論で 討たれた

この田植唄は実際に作業しながら歌うものではなく、豊作を祈る願いの唄ですので、祝い唄の性格をもっていたと考えられます。
このように、関東由来の芋の種系の祝い唄が、新潟・魚沼地域や北信濃、そして木曽の開田に伝承されていたということは、大変興味深いです。
ちなみに、開田では婚礼や酒席で歌われてきた《開田コチャ節》があります。これは、「芋の種」が「コチャエ節」となって知られた流行り唄が源流です。そうすると、開田には「大根種」系と「コチャエ節」系の唄が同居していると考えられます。


音楽的特徴

拍子
2拍子、3拍子の複合的な拍子

音組織/音域
都節音階/1オクターブ

開田大根種の音域:1オクターブ

歌詞の構造 
基本の詞型は75574+74調の古風なものです。途中に、唄バヤシや産字のなかに添えられる詞が入りますので、実際の歌い方は下記のとおりになります。

〽︎目出度きものは 大根(オン)種イエ
 (ハァーソーリャ)
 花咲きて 実がな(オン)りてイエ
 (ハァーソーリャ)
 俵 重なるナーイヨーイ
 [返し]
 その唄返やせ いよも(オン)どせイエ
(ハァーソーリャ)
 俵 重なるナーイヨーイ

音頭一同型式をとります。

演奏形態

付け(酒席の参会者)
 ※手拍子のみ

下記には《開田大根種》の楽譜を掲載しました。

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