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休職日記 戻ったら 

午後からリワーク。
今週は最終週。私は結構、プログラム自体が面白いし、家から離れ、帰りにのんびり考え事するのに楽しいと感じてます。

で、途中から参戦したので来期も出たいなぁと。
そして、来ている人が私からするとまっとうな人たちなのです。こんな人、職場の先輩や同僚だったら私、病んでないなと。人の話は受け止めてくれるし挨拶もできるし。(私の直近の2部署、これ出来てないから)こんないい人が休職?というくらいいい人たちなのです。
世の中、おかしくないか?
苦しい思いをして休み、給与が減る人がいる一方で
苦しい思いをさせた人はぬくぬくボーナスもらってんだよなと。

戻ったらしたいこと。
辛い思いをしてる人が休む前に助けられるようになりたい。
リワークのプログラムってそういう意味ですごく実践的なのです。
休んてるお前がなにいってんだかと言われるかもしれないけどやりたいな。
傷ついたからこそ、そこに向き合い乗り越えられれば次の犠牲を、出さないヘルプ、できるはず。
そうなりたい。

今朝の日経新聞で若手をどんどん管理職に!的な記事が出ていて、いいことだと思うの半分、でも人格の育成も大事(数字が全てではないこと、良いプレイヤーがいい監督(管理職)かは別物)と思ったのです。
不条理やつらい経験をして、反発したり共感したりそういう経験の一つひとつが人としての深味を増すのではないかと。

肩書にお金をオンするのではなく、人によっては実績にお金出したっていいじゃんと思うんだけどなぁ。

使い古された言葉かもしれませんが、肩書にお金を付随するシステムでは成り立たないかも。
そもそもエリートの椅子は少なくして、実績で判定のほうが今の時代にあってるのではないでしょうか。趣味やパートナー、家族との時間を優先したいという層にもマッチしそうだし。(24時間働けますかなんて死語)

だいたい、仕事も家庭も頑張ってます!趣味も充実!なんて人ばかり取り上げず、非キラキラ(ゆるゆる)層もクローズアップしてほしいな。
酷だけど、エリートのいすなんて限られてるし
限られてなんぼのエリート。
でもそこから外れても恥じる必要なしというモデルケースを打ち出すのも大切ではないかと思う1日、でした。

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