恋人夫婦
かなと私は戸籍上は夫婦と言っても、今までのような恋人同士と変わりなかった。
そもそも、名古屋にいた時に、週末や休日には殆ど一緒に過ごしたのとあまり変わりはなかった。
私は東京では浅草が一番好きだったが、かなとも一緒に三社祭に出かけた。
小さな街の祭りしか知らなかったふたりには、その華やかさに圧倒された。
かなも仕事に慣れてくると、気持ちも落ち着いてきて、週末には少し足を伸ばして、日光や川越、長瀞などに日帰りで出かかるようになった。
なかでも忘れられないのは、8月にふたりで泊まりがけで行った伊豆である。
これはふたりにとって新婚旅行とも言うべきものである。
行きは伊豆急行で素晴らしい海岸を眺め、帰りはバスで半島を巡った。
一番忘れられないのは、やはり石廊崎である。
唯一、石廊崎で撮ったよそ行きの服で並んで写っている写真が残っている。
結婚式を挙げていないふたりには、着飾ってふたりで撮った写真がない。
後に親戚にお披露目したときも、ちゃんとした服を着ていたが、ふたり並んで写真を撮っていなかった。
実は、私の娘も2年ほど前に職場結婚した。
そして、コロナの流行のせいもあるが、結婚式は挙げなかった。
せめて、ウェディングドレスの写真を撮ればと奨めたが、そういうことをする様子も無い。
娘には言えず、妻の道子には自分の駆け落ちの時と同じなので、不安に思うことは伝えた。
ただ、娘夫婦が違うのは、どちらとも修士を出て就職をしており、経済的にもしっかりして、双方の親にも認められていることである。
父親である昔の私よりも、よほどしっかりしてる。
子供のいない娘夫婦も、その頃の自分たち同様の恋人夫婦なのだろう。
道子とは見合い結婚なので、結婚式や新婚旅行以外には、ふたりだけで撮った写真は無い。
ただ、子供と一緒に家族全員で撮った写真なら、いっぱいある。
子供が独り立ちした今になって、夫婦で週末によく出かけるようになった。
道子は写真を撮られるのをこの頃は極端に嫌がり、ふたりで一緒になんか撮ることは無い。
そこで、私は遺影に使うからと、自分一人の写真を道子にとって貰っている。
ちょっと前に「俺たち恋人夫婦だ」と無理して言うと、道子は鼻で笑った。
見合いしてから恋人と呼べる期間も殆ど無く、甘い雰囲気の全くない夫婦には、恋人という言葉は滑稽でしかない。
かなとはベタベタしていたわけではないが、どこに行っても、ふたりで楽しく過ごせた。
最近、道子ともそういう風に、楽しく会話できるようになって、かなとの日々を連想してしまう。
良いことか悪いことか、当時のふたりのイメージが重なってきてしまっているのだ。
全く違った性格の元妻と今の妻なのだが、結局は似たもの夫婦になってしまったのかもしれない。
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