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私に飼われてしまった、不幸な犬の話……その2

(その1から続く)
  なぜサーニャさんは吾輩との散歩に見知らぬ男性を伴っていたのでしょうか。賢い吾輩は分かります。吾輩をダシにデートに誘っていたことを……。吾輩を連れることで、「犬を愛する私」「犬を飼っている優雅な私」を男性にアピールできます。

 しかし、なぜ熊と同棲中のサーニャさんがほかの男性に色目を使う必要があったのか。サーニャさんと熊が家庭内別居状態だったのは前回記述した通りなのですが、いよいよサーニャさんと熊には同棲解消のリミットが迫っていたのです。

 渋谷の繁華街にほど近い住まいの家賃はライター成金崩れのサーニャさんが全額支払っていたものの、すっかりサボり癖と遊び癖がついて仕事が激減していた彼女がずっと高額な家賃を支払い続けられる能力があるのか? と言ったら、それは不可能でしょう。

 つまり、サーニャさんには、熊が出て行った後に家賃を折半して同棲してくれる、もしくはサーニャさんと吾輩を自宅に招き入れてくれる、新たなパートナーが必要でした。だからこそ、吾輩との「顔合わせ」はマストだったというわけです。

 さらに、酒が入っていないと激しくコミュ障なサーニャさんにとって、吾輩がサーニャさんと殿方の間に立つことには「間を持たせる」という大きなメリットもあったように思います。吾輩ってなんて働き者なのでしょうか……。まったく、ギャラが欲しいくらいでした。

 確かこの頃、ライオネル・リッチーというR&Bおぢさんが「I Call It Love」という曲をリリースしています。このMVで、当時モデルのニコール・リッチーが犬と散歩しているのですが、吾輩は、(男性の前では)この犬を見習って紳士的に、利発に、可愛く演技しろと何度も指導を受けました。また、サーニャさん自身もニコール・リッチーになりきり、サングラスをかけて、着飾って散歩に出かけるところが犬心に笑止千万でした。

 だって、MVのニコール・リッチーが海外の緑溢れる公園(?)で犬を散歩している一方で、うちのサーニャさんときたら、小さな商店街の古びた町中華や魚屋の前をろくに手入れもされていない野良犬のようなルックスの吾輩を連れて散歩しているのですから。吾輩も、サーニャさんの演技指導空しく男性に牙を剥いていたのみでした。なぜって、サーニャさんの男性の趣味が悪すぎてお話にならなかったからです。

 昼間の吾輩持参お散歩デートのお相手は、SNSで出会った全くの新規が4割、夜にクラブで出会った男性が5割、その他1割でした。特にクラブで出会った男性は基本的に職業不詳で不規則な生活をしていて、見た目が不健康そのものでした。服装もダボダボでダサく、会話には横文字を入れなくては気がすまず、「あそこの道をターンレフトしたところにさ、ドープなサムシングがあるよね」と言われた時はさすがのサーニャさんも絶句していたようでした。

 また、「あのレコードdigってさあ」なんて会話をしている時には、ミニチュアダックスである吾輩の本能「穴掘り」が呼び起こされ、カフェや公園のコンクリや土をひたすら掘っていたことが思い出されます。

 犬心にも特に「こいつ、やべえ……」と思ったのは、会うなりラップで自己紹介をしてきた男性です。その男性はなぜかご丁寧にラジカセとおもちゃのマイクまで持参していて、リズムに合わせて激しく身振り手振りをしながら、「ヘイマック、俺ビック、3×3が9、よろしく~」とか、たしかそんな感じの意味不明の言葉を放ちました。

 そんな自己紹介をされたところで、吾輩はどう立ち回れば良かったのでしょう。というか、いくら暗いクラブの中で出会ったとしても、サーニャさんはこれだけのヤバい奴だと気付かなかったものでしょうか。が、サーニャさんは健気にも「アイラブアルコール、ユーラブアルコール、マックラブトイボール、you know?」だかヘンテコなラップを即興で返していて、吾輩は「こんな奴にそこまで媚びなくても……」とみじめで悲しい気持ちに陥りました。

 ……というように、当時のサーニャさんは、仕事そっちのけで吾輩を利用した「恋活」に励んでいたような気がします。そういえば、「次の男が見つからなかったら出家する」とほざいていたのもこの時期でしょうか。

 吾輩と彼氏候補との度重なる「面談」を済ませた結果、サーニャさんの次の彼氏候補は3人まで絞られました。長くなりましたので、次に続きますワン。

その3へ続く)


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