kuroyuri(クロユリ) 愛する人へ 六話「罪滅」

下校途中、今だ冬服の下の左腕に巻かれた包帯を抑えながら自宅からの最寄駅に着いていた莉子は最近、そんなことばかり考えていた。

そんな時だった。

最寄駅までの途中にある公園で、そこにある樹木や植物、そこに集まる野鳥たちなどを観察していた佐原海次(さはら かいじ)という男に出会ったのは。
佐原は、いつものようにリュックを背負って公園の樹木を診断していた。
そこへ、スマホに仲間から連絡が入り話し始めた。
同じ頃、苦悩し続けていた莉子は、気を紛らわせようとその公園にいた。
公園の中を当てもなく歩いていたため、電話中の佐原に気づかなかったのだ。

「イ、イッター」
「痛ってー」

二人はその場で尻餅をついた。

「す、すいません電話に気を取られてて……」

一瞬、気が動転するが、すぐに自分のスマホの無事を確認すると莉子に謝ってきた。

「い、いいえ。私の方こそちょっと考え事をしていて……」

佐原は先に立ち上がり、利き腕の左手をまだ座り込んでいる莉子に差し伸べる。
佐原は、見下ろしている莉子に既視感を覚えた。

「さ、さあ。早く立ち上がって」
「あ、ありがとうございます」

莉子は左腕を伸ばすが、巻いてあった包帯が解けていることに気づき慌てて右腕を差し出した。
制服の長袖部分が少し捲くれ上がり、トライバルが見えていたのだ。

「その左腕……!」

佐原の言葉に動揺する莉子。

「な、何でもないんです!ちょっと火傷しただけですから」

佐原は、強引に莉子の左腕をつかんだ。

「な、何をするんですか!」

思ったより大きかった莉子の声に、周囲にいた人が二人の方を見た。

「……もう、こんな数になっているのか」

佐原が何かを知っているかのような発言に、莉子は急に静かになった。
そして、佐原は着ていた上着の左腕の袖を突然、捲くり始めた。

「たぶん君と同じだ。俺も探していたんだ」

佐原の腕にも莉子と同じトライバルがあった。その中心には「14」と記してあった。

駅近くのファミレス――。

平日の午後のため、店内はまばらだ。
莉子と佐原は窓側、奥の席でお互いの左腕を見せ合っていた。

「君の時点で60人目だ。知っていると思うがこの数字は今も増え続けている……」

二人の間に少しの沈黙が生まれた。
       
「あのー、あなたはどうしてシラハに?」

破ったのは莉子だった。
佐原は外の景色を見た。
そして、その体勢のまま答えた。
 
「犯人は、未成年だったんだ」

莉子は、同じ傷を持つ者としてその一言で理解でき、それから先は佐原に委ねた。
     
「進路のことで悩んでいたんだってさ……」

佐原の視線はそのままだった。
莉子は、その姿に姉が死んだ時の自分を重ねていた。
    
「そんな自分とは対照的に、スマホで楽しく喋っていた妹の由梨(ゆり)にキレたそうだ」

涙がこぼれてきた。
莉子は、それを拭うことも忘れ、佐原の言葉に耳を傾け続けた。
ボサボサ頭とヒゲ面で、厳(いか)つい佐原も目に涙を浮かべていた。

「何度も、何度も殴られたらしい……。そりゃそうだよな。あんなデカイ石で殴られたら普通死ぬって」              
「ごめんなさい、ごめんなさい!私、自分のことでわかっていたはずなのに。無神経でした。だから……」

莉子は、佐原のトライバルにそっと手を当てた。 
        
「あ、すまない、すまない。自分のことばかり喋って」

佐原は目元を軽く手で拭い、莉子の方を向き直した。

「俺なりに、シラハについて調べることができた。それで少しでも君の苦悩が解消されるなら、いくらでも答えよう」

莉子は、佐原に今まで抱いていたことを全て話した。

「そう、だったんですか……。あのシラハって人も」
「元は、俺たちと同じだったんだよ」

また、少しの沈黙が生まれた。
二人は、佐原が頼んだコーヒーを口にした。

「……でも、どうやってあんな力を手に入れたんだしょうか?」

佐原は、ここではあえて莉子の質問に口を閉ざした。

「どうか、したんですか?」
「う、うん……。詳しいことはまだわかっていないんだ」

佐原は少しごまかし加減に、上着の内ポケットから一枚の名詞を出した。

「ああ、そうだ。これ、昔使っていた物で悪いんだが。番号は変わっていないんで、困ったことがあったら、ここに連絡をしておいでよ」
「エ、NPO法人自然保護団体『MGIA』?」
「ああ。昔、勤めていた所だ。シラハと出会ってから、自分がそんな場所にいてはいけないと思ってさ。でも、自然を愛する気持ちは今も変わっていないよ。だから、さっきみたいに公園とかの自然の状態を個人的に調べ続けているんだ」

莉子はもう一度、その名詞に目を通した。

「わかりました、佐原さん。色んなことがわかって少し楽になりました。ありがとうございました」

自分の名前を呼ばれ、照れ笑いをする佐原。

「いやー、こっちこそ。君と同じで苦しんでいたから」

莉子、明るい表情を見せた。

「これからも、よろしくお願いします」

二人は、店を出て店の駐車場に止めてあった佐原の赤いSUV車に乗り込もうとしていた。
そこには、後部座席に黒いネコがあくびをしながら待っていた。

「どうも、ごちそうさまでした」
「お礼なんかいいって。あっ、そうだ。家まで送ってくよ。ここまで乗ってきたことだし」

すると突然、後部座席の黒いネコが黒いドレスの女に姿を変えた。

「まったく、待ちわびたよ!お前らデート時間、長すぎるよ」

バックミラー越しに起きた出来事に、佐原と莉子は脅かされた。

「な、何?」

佐原は、すぐさま腕のブレスレッドの存在に目をやった。

「アリーシア!なぜここに?」

アリーシアは、シートに深く座り直し腕組みをした。

「フー。あたしだって、まだシラハとは一緒に居れてないのにさ」

莉子は、シラハのことをよく知るアリーシアの存在に驚いている。

「アリーシア、俺たちに何の様だ?」
「あら、マゴスのくせに私たちの力を借りといて、その態度はなんだい」

二人のやり取りに声も出ない莉子に、アリーシアが声をかけた。

「莉子とは一応初対面だね。よろしく~」

アリーシアは、莉子に握手を求めたが拒否された。

「あ~あ。そっちの海次とは握手できても、あたしとはできないんだ~」

アリーシアの言動止めようと、佐原が割って入る。

「お前から会いに来るなんて滅多にないことだ。目的はなんだ?」

表情を少し硬くするアリーシア。

「お前らが長いこと話していたんで、思っていたよりも事態は大変なことになっているよ」

莉子と佐原は、アリーシアの発言に硬直した。

改めてシートに深く座り直し、腕組みをするアリーシア。

「お前らの親玉シラハが、私との契約上、一応ラストのターゲットとなる温伸鳴(おとのべ めい)という十二才の女の子の命を奪おうとしているんだよ」

 アリーシアに衝撃的な事実を知らされる。

「えー! 今度はそんな小さい女の子を」
「し、しかし、何故だ? アリーシア、お前が出した条件だろうが。そんなこと俺たちに言ってどうする?」

アリーシアは、ため息をつきながら俯(うつむ)いた。

「最後だから、お前らトライバルのある者たちにも一応言っておこうと思ってさ。まあ、もうどうだっていいことなんだけどね。一刻も早く、シラハが私のものになってくれさえすればさ」

その意外な言葉に、佐原が問い詰める。

「お前は、シラハ、つまり久地誠(くじ まこと)。彼とは、彼の願いと引き換えに自分が天界に戻るために大勢のマナス(魂)を奪わせていたんじゃなかったのか?」

佐原とアリーシアのやり取りに、莉子は目を丸くしている。

「願いを叶えてやるために奪うマナスの数なんて、どうでも良かったんだよ。シラハが全てを出し切って感情を喪失する。そのためには、高いハードルを設ける必要があった。ただ、それだけことさ」

車窓に視線をやり、更に続けた。

「つまり。これは、生き返らせようとしている二人、特に、妻を苦しめるためのもの。そうでなければ完全な意味で私の所は来てくれないからね」

佐原は、冷静になってアリーシアに問うた。

「お前の命令だろう。何とかできないのか?」

二人の方に向き直し、あきらめ顔のアリーシア。

「シラハは、自分の願いのために信念を持ってやっているからね。残念ながら、契約者の私のいうことでも聞いてはくれないよ」

アリーシアの態度に、佐原と莉子も同調してしまっている。

「ただ一つを除いてはね……」

アリーシアは意味深な言葉を口にした。そして突然、莉子の肩をつかんだ。

「そう、橘莉子!悔しいけどお前ならシラハを止めることができるんだよ!」

アリーシアは、佐原に同意を求めた。

「そうだろう、海次?」

佐原、アリーシアの投げかけに莉子の顔を見直した。 
   
「……そうか。彼女なら、アイツを止められるかもしれない!」

莉子の方に顔を近づけるアリーシア。

「今までトライバルを見るたびに、罪悪感に苛まれてきたんだろう。ならだ間に合う。お前が阻止すればその女の子は助かるんだよ。いいね、決めるのはあんた自身だよ」

佐原の方を向き直し、アリーシアは続けた。

「コイツはマゴスって言って、呪術に精通していて、自然の霊的な力を借りることができるんだよ。シラハを探したり、いざという時には頼りになってくれる。だから、あいつを頼む!」

そう言うと、窓を開け、鴉(カラス)の姿になって飛び去って行った。

車内は沈黙に包まれたが、佐原が後部座席のリュックから手帳を出し、莉子に渡した。

「さあ、行こう」

佐原はスマホのハンズフリーを着け、カーナビを少し操作した後、車を発進させた。
相変わらず、車内は沈黙が続いていた。

「あのー、私……」

莉子の問に、佐原指示を出した。

「手帳の中に、制服姿で写っている二人の写真がある」

佐原の言葉どおり、渡された手帳の中から一枚の写真を見つけた。

「えっ、これ私?」

そこには、高校生のシラハと、隣に莉子そっくりの女子高生が並んで写っていた。
   
「シラハは、亡くなった奥さんとは高校の同級生だったらしい」

莉子は、改めてその写真を見直した。
              
「最初、君を見た時はさぞ驚いただろうよ」

莉子は、そのままの姿勢で佐原に質問した。

「私に、できるでしょうか?」
「今の君なら、大丈夫!さあ、あいつも苦しみから解き放ってやろう」

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