kuroyuri(クロユリ) 愛する人へ 七話「解放」

郊外にある五階建て大型ショッピングセンターの屋上駐車場。

平日にしては、意外と埋まっていた。
周囲は、先端が反り返った高いフェンスで囲まれていた。

そのフェンスの間に指を掛け、眼下を覗き見ている小学生がいた。
温伸鳴(おだのべ めい)であった。

「やっぱ、高いな……」

鳴は、その高さに恐怖した。

二ヶ月前、クラスメイトの山下愛美(やました あみ)が死んだ。
飛び降り自殺だった。
ちょうど、鳴がいる高さと同じくらいからだったらしい。
クラスメイトとして、告別式にも参列した。
その時、愛美の母親が号泣しているのを見て、鳴は心の中で何度も何度も謝った。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私が殺したようなもんです」

母の勧めもあり、鳴は私立中学を受験するため猛勉強していた。
だが、思った以上に成績が上がらず悩んでいた。
 
そんな時、苦労もせず公立中学へ行く者たちが騒いでいたことに無性に腹が立った。
初めは、イタズラっぽくちょっかいを出す程度だった。
しかし、そのことで勉強のストレスが解消され成績が上がっため、その行為は日常的になった。
それがエスカレートしていき、クラスで一番大人しかった愛美をLINEで標的に定め、本格的にいじめを開始する。
鳴が、女子の中でリーダー的な存在であったことも更に輪を掛けた。

そして、悲劇は起こった。

「誰でも良かった。自分が中学に合格するためなら。でも、まさか死ぬなんて……」

クラスメイトの希望により卒業するまでそのままにしておこうと、彼女の机と共に学校生活が続けられた。
愛美の机を見るたび、罪悪感に駆られた。
そうやって、鳴は自問自答を繰り返してきた。

そんな鳴を探しに莉子も、渋滞に巻き込まれた佐原と途中で別れ、同じショッピングセンターにやってきていた。
しかし、そこはとてつもなく広かった。
おまけに平日とはいえ、そこにいる大勢の中から「温伸鳴」という名前しか知らない小学生を探すのは、とても困難なことであった。
だが、事態は一刻を争っていた。

「名前?」……莉子は、賭けに出た。

母親に告げられたよう、駐車してある車近くで依然として待っている鳴。
フェンスにもたれ掛かっていた鳴の耳にも、そのアナウンスが聞こえてきた。

「市内から御越しの温伸鳴様、温伸鳴様。お連れの方がお待ちになっております。一階のサービスカウンターまで御越し下さい」 

特徴を聞かれた際、今後のことも考えてとりあえず「友達」と偽って、鳴が小学生であることを伏せた。
念のため、佐原に連絡することにした。
館内放送の結果が出るまでその場から少し離れ、もらったばかりの名刺を頼りに番号に掛けた。

「ハイ、もしもし。君か!そうか、もう中にいるんだね」

佐原はハンズフリーで応対しながら、カーナビでシラハが向かっているポイントを見た。
車窓からの景色は流れていた。

「…そうか、わかった。どういう反応が出るかわからないが、手っ取り早く探すにはそれしかなかったな。カーナビによるとそっちの屋上付近を目指している。もし、そこに誰も来なかったら屋上を目指してくれ。こっちも渋滞は抜けた。急いでそっちに向かう!」

佐原との緊迫したやり取りをしている中、受付スタッフに案内された女性が莉子の所へやって来た。

「あのー、温伸鳴の母親なんですけど……。失礼ですが、あなたは鳴とはどういったご関係で?」

館内放送を聞いた鳴は、たぶん、自分のことだろうなと思いながらもその場を離れられないでた。
莉子は、鳴の母親を誘導して階段で五階の屋上駐車場を目指していた。

「あのー、本当なんですか? あの子が危険な目に遭おうとしているっていうのは?」

鳴の母親は、今だ莉子の言っていることに疑問を持ち、息を切らしながらそう問いかけた。

「一刻を争うことなんです。だから、大変ですけど、エレベーターを待つよりも、早くたどり着ける階段の方を選んだじゃないですか」

その場で、ずっと母親の帰りを待っていた鳴の周囲に異変が起こり始めていた。
フェンスにもたれ掛かっていた鳴の眼下に、一人の男が頭上を見上げていた。
           
「この上か……」

そう言い放つと、体がふわりと浮き始めゆっくりと上を目指した。

「やっぱり、呼んでるみたいだし、行った方がいいのかな……」

迷っていた鳴は、フェンス越しの眼下がその男の存在で騒ぎ始めていたのに気づいた。

次の瞬間だった。
突然、鳴の目の前にその男が現われた。

「温伸鳴ちゃんだね?悪いけど俺のために死んでくれるかな」

そこには、仁王立ちをしたシラハの姿があった。

「もうすぐです。がんばって下さい!」

屋上駐車場の案内標識を見つけ、鳴の母親を励ましていた莉子。 
後方で、汗をハンカチで拭いながら昇ってきている鳴の母親を気にしながら、駐車場へと続く連絡路にたどり着いた。

「な、何?この人集り……」

事態は風雲急を告げていた。

連絡路を塞いでいたその人集りのせいで、前に進めないでいた莉子に追いついた鳴の母親は、その光景を見て莉子の言ったことに確信が持てた。
その騒ぎに乗じて、フェンスの端の方に一羽の鴉(カラス)が止まった。

「さあ、自分の犯した罪を償い、俺といっしょに行こう」

二人の異様な雰囲気に、周囲の人々も遠巻きでその光景を見ていた。

「あのー、何か揉め事ですか?」

そんな様子を見ていた一人の男性が、親切心で声を掛けた。

「どいてろ、邪魔だ!」

シラハは振り返りもせず、右腕だけでその男性を端に追いやった。
辺りは一瞬静けさを保った後、大騒ぎになった。
シラハに罵声を浴び出る者や、恐怖のあまり逃げ出す者などがいてその場にいた莉子と鳴の母親も揉みくちゃにされた。

「ちょっと待ってろ」

シラハは、怯えていた鳴から離れ野次馬の方を向いた。
それに応じて、周囲がどよめきながら緊迫した空気に包まれた。

「誰にも、邪魔はさせん!」

シラハは軽く両手を軽く交差させた。
次の瞬間、止めてあった全ての車が横倒しになって浮き上がり店内側の連絡路と、外部からの連絡路を塞ごうとしていた。

「お母さん、今です。外に出ましょう!」

莉子は混乱の中、機会を見計らって鳴の母親の手を引っ張って間一髪、連絡路の外に出ることができた。
それと同時に、佐原の赤いSUV車も到着した。
そして、その台数分大きな音をたて、横倒しになった車で連絡路は全て塞がれた。

「良かった!何とか間に合ったみたいだ」

急いで車を降りた佐原は、周りを見渡し莉子の存在に気づいて駆け寄って行く。
莉子も、佐原の存在に気づき手を上げた。

「ここに、ここにいます!」
「チッ、少し残ったか……。まあいい」

佐原たちを残したが、周りの車がすべて無くなって邪魔が入らないことにシラハは安堵した。

「め、鳴ちゃん!」

鳴の母親は、シラハに立ちふさがれている娘の存在に気づき、佐原たちの制止を振り切って走り寄って行く。

「邪魔なんだよ!」

その声に気づいたシラハは、そちらに視線をやり鋭い眼光で鳴の母親を吹き飛ばした。

シラハは視線を戻し、鳴を追い詰めていく。
いつしか、数台のパトカーのサイレン音が近づいてきていた。
その様子に奮起した莉子は、シラハに近づいて行く。 
    
「そんなに殺したければ、私を殺しなさいよ!どうせ、お姉ちゃんのために一度はあなたに預けた命。なら、その子の代わりに私を殺しなさい。たった今、あなたに依頼するわ」

改めて、莉子の顔や姿、声までもが高校の時の亡き妻、沙織(さおり)にとても似ていることに気づかされた。
そして、シラハにはその言葉がまるで妻が言ったように聞こえた。

「さ、沙織……」

シラハは、呆然となって莉子に近づいて行く。
         
「今だ!」

佐原は、その隙を狙って鳴を助け出した。
シラハの中では、殺された妻の沙織や娘の結菜(ゆな)のことが駆け巡っていた。
そして、これまでの出来事が錯綜し、もがき始めた。
莉子たちに緊張が走った。
鴉の姿をしていたアリーシアは、その様子に危機感を持ち、人の姿に変わった。

「もう十分だよ。お前の望み、叶えてやるから。さあ、私のものになりな!」

 目をカッと開いて、莉子に向かって行くシラハ。
 それを止めようとするアリーシア。
 二人は交差して、大きな光を放った。

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