kuroyuri(クロユリ) 愛する人へ 二話「決意」

シラハと会ってから数週間。
莉子たちは、告げられた「イシガミ カズヤ」という名前をずっと忘れないようにしていた。
しかし、何も起こらないことに、絢はシラハの存在に疑問を持ち始めていた。

そんなある日、絢が気を利かして気晴らしをしようと放課後、繁華街に莉子を連れ出していた。
大通り沿いで、有名なショップなどが入った複合ビルがいくつも建っていた。
そのため平日の午後にも拘わらず、多くの人が行き来していた。

「ねえねえ、莉子。どこ行く?とりあえずカラオケで盛り上がろっか」

シラハとの一件以来、毎日毎日「イシガミカズヤ」が頭から離れられないでいた莉子は絢の励ましも耳に入らないでいた。

「その後さ、昨日雑誌で見たショップに行って見たいんだけど。それに載ってたジャケットがチョー、かわいくてさ」

莉子は何かに取り付かれたかのように、「イシガミカズヤ」を探し続けていた。

「そのショップ、莉子が好きそうなのも載ってたから、きっと気に入ると思うよ」

絢が一人、懸命に喋り続けているのに関心を示めさない莉子。

そんな時だった……。

莉子たちがいる場所から、どれくらい離れた場所で起こったことだろうか。
いつまでも耳に残るぐらいの、大きなブレーキ音。
そのあと鉄同士が押しつぶされ、それと同時にガラスが砕ける音が混ざり合う、事故特有の衝撃音が辺りを一変させた。

「莉子!」

姉を助けられなかったという自責の念が、絢の制止を振り切らせた。
人込みの中をかき分けて、事故の現場を目指す莉子。
わかっている。
そこには姉の姿はない。
ただ、身体が言うことを聞かなかったのだ。
莉子が事故現場に到着する頃には、パトカーやレスキューを含む消防車、そして救急車などの複数の車が交差点を塞いでいた。
事故現場は交差点で、強引に右折しようとした車の側面に、直進車が突っ込んだ形だった。

野次馬に囲まれる中、救急救命士が直進車側であるタクシーの運転席から血だらけの運転手をストレッチャーに乗せている。
右折車側の救助も、同時に行われていた。
莉子を見失った絢も、その現場の見物人となっていた。
大勢の群衆の声でかき消されるようだったが、莉子の耳にはハッキリ聞こえていた。
そう何度も呼んでいる。

「石上さん!石上さん!」

救急救命士が何度も叫んでいるその名前を頼りに、無残な姿になったタクシーの中を必死に覗き込んだ
顔写真と共に、目視で乗務員証の存在を確認できた。

「石上和也(イシガミ カズヤ)」と。

莉子はまず、その場を見回した。
次に、その場を離れ走りながら辺りを探した。
今度は、高い場所がよく見える位置に立ち、ビル群を見上げた。
莉子はその場で立ち止まったままある一点を見つめていた。

見つけたのだ。

事故現場がよく見える位置に建つオフィスビルの屋上に。
左腕にはめた、あの数珠繋ぎのブレスレットに右手を当て、哀しげに空を見上げているシラハの姿を。

数日後――。

莉子は、以前シラハに会ったあの工場にいた。

「今回は一人か」

スキニーのジーンズにグレーのフルジップパーカーという姿で、莉子は前と同様、シラハの前に腰掛けていた。
今回は、休日の午後ということもあり、お互いの顔も自然に見えた。
莉子にはシラハの顔や手が、黒のスーツせいかもしれなかったが、その白髪のように異常に白く思えた。

「あの事故、あなたがやったのね?」
「もう一台の方は、密告者だ」

わかっていたことなのだが、シラハの口から直接聞くと、異常なリアルさがあった。

「あなたの実力は十分、わかったわ。これで決心がついたわ。改めて姉をひき殺した犯人を殺して下さい。お願いします」

椅子から立ち上がり、深くお辞儀をする莉子のその言葉には、迷いがなく強ささえ感じた。

「わかった。前にも説明したとおり約束事は守れ。さもないと……」
「そのつもりよ。だから今回は一人で来たの。これは私の戦いだから」

そんな二人のやり取りを一匹の鴉(カラス)が見つめていた。
莉子は、以前から疑問に思っていたことをシラハにぶつけた。

「あの事故は、ああやって殺して欲しい人物の名前がわかっていた。でも、私の場合はどこの誰かさえわかっていない。実行された後、どうやってその事実を知るの?」

シラハは立ち上がり、鴉の方を見た。

「そのことについては、何も心配することはない。実行されたかどうかは、自分の目で確かめられるようになる」

この時点では、莉子にはシラハの言葉の意味がわからなかった。

莉子を見送った後、その場にいた鴉(カラス)がシラハの側に舞い降りてきた。
次の瞬間、その鴉は体から光を放ち、見る見るうちに黒いロングドレスを身にまとった黒髪の女性の姿に変わった。
その左腕には、翼をモチーフにしたシルバーのチェーンブレス。
その先には、剣を模ったシルバーのチャームが着いていた。

「あの子、本当に似ているわね」

人間の姿になったアリーシアの問に、返答しないシラハ。

「思い出していたのかい?」

アリーシアに背を向けたまま、黙っているシラハ。

「こんなもたついたやり方を止めて、一日でも早く私との契約事を達成すれば、シラハの願いは叶うんだよ」

シラハは、アリーシアの明瞭な意見にも耳を貸そうとしない。
アリーシアはすべてわかっていたのだ。
だから、敢えて問うのである。

「生き返ってくる者たちのため?」
「毎回、同じことを聞くな」

シラハは、初めてアリーシアの問に答えた。
アリーシアはたまらなくなって、シラハの背中に抱きついた。

「理由はどうであれ、人を殺すことに変わりないじゃない。なら一日でも早く生き返らせてあげた方がいいんじゃないの?」

シラハの背中に、顔を押し付けるように問いかけるアリーシア。

「いずれ、お前のものになる。そうなるまでは好きなようにやらせてくれ」

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