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2-13. 私は常識を破ったわけではない。もともと常識がなかったのです。

   京セラ会長 稲盛和夫

 京セラの創業間もない頃、貸借対照表の見方すら知らない稲盛は、役員会で経理部長が歩積み預金の話をしたのを聞いて、「それは何か?」と説明を求めた。

手形割引などに際して一定の金額を銀行に預金する商慣行があるが、これを知らなかった稲盛は、「そんな銀行のリスク回避みたいな筋の通らないことはやめるべきだ」と主張して役員に笑われた。
 ところがそれからしばらくして、大蔵省が、目に余る歩積み預金の要求をやめるように言い始めた。

逆転の発想とか、常識を覆した発想とか言われるたびに、それは違うと言ったのが、表題の稲盛の言葉である。これは先のフォードの言葉にも通じる。

しかし、ここで注意しなければならないのは、稲盛は、常識つまり「商習慣や世間の常識」がなかったと言っているのであって、原理原則を否定しているわけではないことだ。
 いや、それどころか、稲盛の精神主義の基盤は原理原則にある。
原理原則に従うと、世間で言う常識の誤りが見え、おかしいということに素直に気づく……と言っているのである。


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