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原風景 ⑫

空を見るのが好きだった、こどもの頃から。

私の生まれたのは港町で、まだよちよち歩きの子供でも、家からまっすぐ歩けばすぐに防波堤までいけたのだ。

よく、1人で防波堤まで行っていた。そこで、空と海と、雲とカモメを飽きずに眺めていた。

でもこれ、今から思えば、かなり危険な行動だったかも知れない。

実際に死ぬ寸前の恐ろしい記憶がある。

その時は1人ではなく3歳上の姉もいた。

少し物憂げな空だったが、近所のこととていつもの習慣で防波堤まで遊びに行った。

防波堤は階段を降りると砂浜まで降りて行く事が出来た。大きなテトラポットがゴロゴロ置いてある、

階段につづいて、防波堤の裏側が1段、ちょうど人が1人通れるくらいの幅の通路になっていた。通路を渡った先に更に階段があって砂浜に降りる事が出来た。

1人で砂浜までは行かなかったが、その日は姉もいたから砂浜まで降りて遊んでいたのだが、

物憂げと思っていた空が、陰鬱な空へと変わり、やがて風が出で来て小雨さえパラパラ降って来た。

そんな中で遊んでいても楽しくないからそうそうに引き上げたのだが、あっという間に、何だか潮も満ちて防波堤に迫っていた。

防波堤の裏側の(つまり海側の)通路を渡って2人帰ったのだが、海はすぐに通路の下まで達してしまった。

みるみる変わる風景に怖気付き、私は足がすくんで途中で止まってしまった。

前を見ると姉は白状にも私を置いてスタスタ先を歩いていた、もう、はるか遠く先で声も届きそうにない。

もしこの時、通路から足を滑らさせて落ちれば死んでいただろう。

私は慎重にゆっくり歩いたが、足元まで迫る波しぶきの中に、大きなドブネズミの死骸を見つけてしまい、思わず泣きそうになった。

目も眩みそうだったが、何とか階段までたどり着き、九死に一生を得たのである。

私は幼稚園入園の年にその町から引っ越し(そう、入園前の出来事なのだ)、牧場の近くにすむのだが、

海辺の町には祖父と祖母の家があったから、頻繁に遊びに行った。

しかし、あの日の急変する海と空の風景は未だに時々思い出す。あれは本当に危なかった。

これが私の原風景なのである。

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