伍堂

落語台本受賞歴多数。けれど発表の会場にいた人にしか届いていないので、もっと多くの人に届…

伍堂

落語台本受賞歴多数。けれど発表の会場にいた人にしか届いていないので、もっと多くの人に届けられたらと思ってこの場をお借りしました。好きな方は脳内演者に語らせて、馴染みのない方はほぼ会話だけで展開する掌編として、楽しんでいただけたらうれしいです。

最近の記事

豆名月

「ああ、いいお月様じゃ。真ん丸と夜空に浮かんでござる。まるで硯に割り落とした卵の黄身のようじゃ……針で突いたら流れ出しゃせんかの――ふふ、突つこうにもお山の上まで届くほどの、そんなに長い針はないか…… 里の衆も今頃はみんな、こうして月見をしておるじゃろう。団子に青柿、里芋枝豆と、こんな山寺へもいろいろと持ってきてくれてありがたいことじゃ。ススキだけはそこらに茫々と生えておるが、あとは何もない寺じゃからなあ…… うん? なんじゃいな。ススキの間から黒いものが……野ねずみ――

    • 血を吸う江戸ッ子

      「アーッ、吸いてえ。吸いてえなァ、チクショウ――吸いてえッ」 「なんでえなんでェ、煙草でもやめたのかよ、吸いてえ吸いてえッて」 「あっ、兄ィ、どうもご無沙汰いたしやして」 「ご無沙汰じゃねえや。三月も普請場に面ァ出さねえでよ、なにしてンのかと思えばてめえ、長崎まで行ってきたてェじゃねえか。江戸ッ子がなんだってそんなとこまで行くんだよ」 「いや、江戸ッ子だからですよ。物見高いは江戸の常、ねえ。去年、長崎からラクダが来て大評判になりましたでしょ。そしたらなんか、長崎にはも

      • 猫次郎

        「だから何べんも言ってるように、猫の野郎が――」 「猫がなんです! こっちは娘と二人往来歩いていて、いきなり生魚を頭ッから被せられたんだよ! これが猫のしたことかい? 猫が天秤棒かついで魚売ってたわけじゃないだろ。あんたがやったことじゃないか、え、魚屋」 「そりゃまぁ――で、でも、あっしだっていきなり軒先から猫に飛びかかられて、ウワッてんではずみで……けっして悪気があったわけじゃあ――」 「悪気がなけりゃ済むと思っているのかい。冗談じゃない、今日は娘の大事な見合いの日な

        • 月下独酌

           中国が唐と云った時代、李白という詩人が居りまして、字を太白。太白とは中国で云う宵の明星、つまり金星のことですが、母親が李白を身籠もった時、この太白星が懐に飛び込んでくる夢を見たことから、字を太白としたと いう。生まれからして伝説じみておりますが、その詩も生涯も自由奔放、闊達自在。一生を放浪のうちに終え、まるで仙人のようだったとも伝わります。  一時は時の権力者、玄宗皇帝に召し抱えられ、長安の都へ上ってかの楊貴妃の美しさを讃える詩なども作っておりますが、なにしろ無類の酒好き

        豆名月

          拝み絵馬

           初午の王子稲荷、関東稲荷の総司社だけあって近郷近在はもとより、江戸の各地からも参拝客が集まってたいそうな賑わい。境内には正一位稲荷大明神と染め抜かれた五色の幟がひるがえり、ヒュウヒュウドンドンと笛太鼓の音が鳴り響く。そこへいきなり―― 「掏摸だー! 掏摸だスリだ、掏摸がいるぞォ!」 「えっ、掏摸?」 「おい、巾着切りだとよ」 「なんかやられてやしねえか――」  辺りの客が慌てて懐や袂をバタバタと改めるところへ、 「おうおうおう、おめえら、掏摸はどいつだ」 「お

          拝み絵馬

          まんじゅうこわ くなる

          「おれが前いた長屋に饅頭が怖いっていう奴がいたけど、あとでよく聞いたら本当はそうじゃなかったって――饅頭怖がる奴なんぞいるわけねえよな」 「そうでもありませんよ。隣町に大きな酒屋がありますでしょう」 「ああ、立派な構えの」 「あすこの今のご主人は饅頭が怖いそうで……」 「怖い? 左党だから甘い物が嫌いとかじゃなく?」 「いえ、酒は飲めませんし、甘い物も――まあ昔、こんなことがあったものですから……」 「忙しいとこをすまないね。棟梁に来てもらったのは外でもない、倅の

          まんじゅうこわ くなる

          菰狂言

          「よっちゃん――よっちゃんじゃないかい。なァ、そこへ行くのはよっちゃんだろ」 「へっ? あ、あの――どちら様で……」 「こっちだこっち、橋の下だよ」 「橋の下? へえ、その……確かにあたしは由蔵ですが……」 「ああ、やっぱりよっちゃんだ。懐かしいなァ」 「あの、お前さんとはどちらかで?」 「竹蔵だよ、竹蔵。ほら、近江屋で奉公してた時、一緒だった」 「竹蔵……竹ちゃん? あんた竹ちゃんかい。ちょ、ちょ、待っておくれ、今そっちィ行くから――か、顔ォよおく見せておくれ

          三枚起請・改

          (古典落語「三枚起請」の後半を違う展開にしたものですが、登場人物や設定の一部も変えているため、前半から書き直しています) 「おい、そこへ行くのは猪之助じゃないかい? おい、猪之助」 「あ、こりゃケチ金さん。すっかりご無沙汰いたしまして」 「ケチ金てお前――裏へ回ってそう呼ばれてるのは知ってるが、昼日中に面と向かって朗らかに云うんじゃないよ。だいたいお前、貸した金がまだ残ってるってえのに本当にご無沙汰しゃがって」 「まあ、ちょいといろいろありますんで、お近いうちにまた―

          三枚起請・改

          ややこし

          「長老、長老、一大事、一大事」 「どうしたんじゃ、狸五郎。血相を変えて」 「下の人間の里で聞いたんですけど、なんだか有名な盗人がこの辺りにやって来たって云う噂ですよ。ひょっとしてこの村のお宝を狙っているんじゃあ――」 「なに、『変化の珠』をか」 「『八化けの半蔵』とかって盗人で、変装の名人だってますから、『変化の珠』を盗んでもっと上手に化けようて魂胆かも」 「そりゃ大変じゃ。早く長老に知らせないと」 「知らせないとって――今、お知らせしてるじゃないですか」 「そ

          ややこし

          「蠅寄せ」

          「旦那様、突然ではございますが、お暇を頂戴いたしとうございます」 「なんだい、番頭さん。いきなりな話じゃないか。なにがあったんだい」 「あったもなにも、あたくしが居りましたんでは、このお店の暖簾に泥を塗り、旦那様にも恥をかかせることになりますので、是非ともお暇を」 「店の暖簾に泥を塗り、あたしに恥をかかせる? そりゃまたずいぶん大事だね。そんな大層なことを番頭さん、なにかしでかしたのかい?」 「夕べあたくしが、旦那様の名代で町内の大店の寄り合いに出掛けたとお思いくださ

          「蠅寄せ」

                 「蛤女房」

           江戸の頃、春の節句の時期ともなると、深川や品川、高輪辺りは潮干狩りの人出で賑わったと云います。朝のうちに船で沖へでて潮が引くのを待つ。昼頃にはすっかり干潟となりますので、貝を拾ったり汐溜りで魚を捕まえたり、毛氈を敷いて飲んだり食べたりして楽しむというのが年中行事のひとつだったそうで―― 「おい、徳二郎はどこへ行った? 今日は出潮が少し早いようだよ。船頭たちが慌てて帰り支度を始めてるじゃないか。早く徳二郎を探しておいで」 「ええ、旦那様。それが――さっきから小僧たちに言い

                 「蛤女房」

          「釣り断ち」

          「六助――六助はおるか」 「へーい、ただいま――ヘイヘイヘイヘイ、お呼びでございますか、殿様」 「すまぬがこれを――」 「ああ、また釣りでございますか。それじゃただいまお草履を――」 「いや、そうではない。この釣り竿、燃やすか捨てるかしておいてくれ」 「へっ? 釣り竿をでございますか?」 「うむ。もう使わぬでな」 「使わぬって殿様――釣りはたったひとつのお道楽じゃございませんか」 「だからやめた。他にやめるほどの楽しみもないのでな」 「えー、殿様……ここ二、

          「釣り断ち」

          尻子玉

          「退屈である」 「はは、されば陽気も良くなりましたゆえ、野駆の支度でも」 「馬に乗るは飽いた。なにか珍しき生き物はおらぬか」 「江戸におきましては、ゾウやらラクダと申す獣が見世物にいでましたそうでございますが――」 「我が領内にはおらぬか。裏山でゾウが柿を喰うておったとか、ラクダが畑を荒らして困るなどの訴えはないか」 「はは。殿の御威光によりまして、領内あまねく平穏にございます」 「戦でもするか」 「お戯れを」 「いきなり攻め入ったれば、隣国も驚くであろうの」

          尻子玉

          赤ン目ェ

          「隠居ォ、居るゥ?」 「なんだい、朝っぱらから間の抜けた挨拶しやがって。もっと口の利きようてものが――おい、どうしたんだいその目は。真っ赤じゃないか」 「眠れねえんですよ。ここンとこしばらく」 「お前みたいに呑気な奴でも、眠れないなんてことがあるのかね」 「わざわざ訪ねて来た客にそんな言い方があるかい。もっと口の利きようてものが――」 「いいから座んな。そんな赤い目でギロギロ睨まれたら気味が悪くっていけない。それでどうした。あたしに眠れる方法でも聞きに来たのかい」

          赤ン目ェ

          雪見鍋

          「さあさあ、商売の話はこれまでにして、もう支度はできてるんだ。ちょいと暖まろうじゃないか。まずは一杯――」 「ありがたいね。寒い時はこれが一番――ああ……腹の中にぽっと火が灯ったようだ。お返しに近江屋さんにも付け火をひとつ――」 「お止しよ、物騒な物云いは。じゃあ最初の一杯だけ――あんたとあたしの仲だ。あとは気楽に手酌ってことで――それにしてもよく降るねえ、この雪は」 「今朝は底冷えがして、床を出るのも一苦労だったからね。ひょっとしてとは思ってたんだが……まさかこんな大

          雪見鍋

          朧夜

          「鶴松、鶴松――ちょっとお待ちったら」 「オヤァ、若旦那。ついてきてらしたんですか」 「ついてきてじゃあないよ。幇間のくせに気が利かないね、お前は。一人でさっさと先ィ行っちまってさ。なんだい、変な顔して首ィ傾げて――あたしゃ提灯も持ってないんだ。どうやって帰れっていうんだい」 「いえ、あたくしはもう、てっきり若旦那はお帰りにならないもンだとばかり――」 「いやだよ。お前、知ってるだろ、あたしが怖がりだって。お寺に一人で御籠りなんてできゃしないよ。あんな寂しいとこ」