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【アイドルファンインタビュー#2】Bill Evans & Jim Hall 「Undercurrent」(SACHIKO♂さん)

アイドルファンの方への「好きなアーティスト」についてのインタビュー第二弾(背景と第一弾はこちら)。
今回ご協力頂いた方は、SACHIKO♂(@03_dec_1989)さんです。

SACHIKO♂さんはnoteに記事をいくつも書かれていて、フォローはnoteが確か先でした。題材はライブアイドルを中心に、例えばオタクの在り方だとか、アイドルに何を求めるかなどのなかなか言葉で簡単には組み立てにくく、しかし皆が共通して抱いているようなテーマを取り扱っておられる印象があります。
少なくとも自分のような、ライブを観てその感想をつらつらと...というタイプではありません。

いくつかある記事のなかで印象深いのが、歌詞の翻訳をされていること。
日本のライブアイドルの曲を英訳したり、ジャズのスタンダードナンバーの和訳を何本かなさっています。
その理由についてはこの記事で挙げられていて、割と個人的な勉強(曲の解釈の確認)の意味合いが強いのかと思っていたのですが、この日お聞きしたところそればかりでもなく実利的な目的も多分にあるそうです。

「海外の友人が多いので、この曲が良いってLINEなどでリンク付けて送るときに、訳が付いてるとクリックしやすい。それでライブアイドルのフォロワー数が伸びれば良いわけじゃないですか。それでやるからにはちゃんとやろうと。」

ライブアイドルの世界に初めて触れたのは数年前で、それまではジャンルレスに音楽を聴いていました。
とりわけ2000年代にハマった音楽の影響は大きかった。

「(アイドルを観るまでは)ロックとかジャズとか...なんでもって感じですね。邦ロックよりも洋楽メイン。2000年代に流行ったオルタナティブロックとかが結局一番耳に入ってるなって感じがします。」

「お遊び的な認識」でしかなかったライブアイドルに興味を持ち出したのは、好きなバンドが始まりでした。
様々なアイドルが出演する対バンのラストにお目当てのバンドがゲストとして呼ばれるというライブがあり、そこで初めて「MIGMA SHELTER」を目にします。

「学生時代からサイケデリック・トランスという音楽ジャンルが好きで、この日出るMIGMA SHELTERっていうグループを調べたら『サイケデリック・トランスで踊り狂うアイドル』と。まさかアイドルがサイケデリック・トランスをフィーチャーしてるとは思わなくて、ちゃんと聴こうと思ったらめちゃめちゃ良くて。そこで特典会に並んだのが始まりですね。」
MIGMA SHELTER(ミシェル)の始まりやその魅力については、こちらですでに詳細に書かれています。

インタビューにご協力いただくにあたり、「この一枚」の選定は相当悩まれていました。
ミシェルのアルバムか、もう一つは...
もともとアイドルだけを聴いてきたわけではなく、あらゆるジャンルから音を取り込んできた蓄積があるだけに、いざ特定の一枚を決めるとなるとなかなか絞り切れなかったようでした。
自分がアイドルオタクメインのため、企画タイトルは「アイドルファンインタビュー」としましたが、特段縛りを付ける理由もありません。
選んでいただくものはオールジャンルOKですとお伝えしたところ、「ではこれで」と挙がったのはミシェルではなくもう一方のアルバムでした。
(ちなみにミシェルでおススメは「ORBIT EP」だそうです)

インタビュー:Bill Evans & Jim Hall 「Undercurrent」

ジャズピアニストのBill EvansとジャズギタリストのJim Hallによるコラボレートアルバム。
1962年にリリースされた、ジャズのアルバムです。
当時のジャズシーンでは「インタープレイ」、つまり「相互作用」という単語が流行しました。
相手の奏者によって出される音に刺激を受け、受け手もシグナルを発して相手がそれに反応して、という肉感的なやりとりを繰り返し、言葉を交わさずとも会話しているかのように音楽を奏でるというのがインタープレイ。
互いの演奏によって互いを高めていくというインタープレイは、即興演奏であるジャズにおいては大きな意味を持ちます。
ピアノとギターのみで音が重ねられた純粋なインタープレイである「Undercurrent」は、まさに真髄と呼ぶべきもの。
そんな概要のことがレコ評には書かれていました。

くだんのBill EvansJohn Coltraneといった往時のジャズ奏者が「Interplay」というタイトルのアルバムをそれぞれ出していることを思うと、当時のジャズ界の重要なキーワードではあったのだろうなということが察せます。

硬質なつくり

オリジナルLPとしてリリースされた当時はこんな構成でした。

1面
1.My Funny Valentine
2.I Hear A Rhapsody
3.Dream Gypsy

2面
1.Romain
2.Skating In Central Park
3.Darn That Dream

サブスクで調べてみると、今ではオルタネートテイクなどのボーナストラックが入って全10曲のアルバムに仕上がっています。

SACHIKO♂さんにとっては、このアルバムがジャズの世界にのめり込んだきっかけでした。

「知ったのは20歳くらいだったんじゃないですかね。ロックとかは中高校生の時に聴いていたんですけど、ジャズに関しては全く聞いていなかった。初めはジャズってとっつきにくいっていうイメージがあったんですけど、聴いてみたら凄く良いなと。
Bill EvansとJim Hallのデュオでは何年かあとに『Intermodulation』っていうアルバムが出てはいるんですけど、それとはまたテイストが違う。どちらかというとリラックスしてるのが『Intermodulation』で、『Undercurrent』は硬派なつくりをしている。雰囲気的にはシリアスというか緊張感が漂う感じで、一音一音が沈み込むような感じですね。個性と個性のガチンコだっていうふうにはよく聞きます。ジャズが好きになったきっかけの一枚でもあり、発見が多かったから選んだんですけど。完成度が高く、ジャズを聴いたことがある人も多少は知っているような人にも進められる一枚だなと思いますね。」

聴いてみると、余白を十分に使い、音を必要以上に塗り重ねるわけではなく抑制的に書き足していくという印象を受けました。
”喫茶店でよく流れているもの”という程度にしか認識していない自分でもジャズと分かるようなサウンドとなっている一方で、それがお気楽なものではなく若干のピリつきを抱えているのもなんとなく感じます。

入り口は漫画

音もなのですが、このアルバムでより印象的なのはジャケット写真です。
シンプルな恰好をした一人の女性が、顔だけわずかに水面に出すようにして水中に漂っているというもの。


このシーンに至るまでにどんな経緯があったのか、あるいは浮遊する女性は時間の経過とともにどうなっていくのか。
この一枚だけで様々な想像が膨らんできます。

もとはToni Frissellという写真家が、フロリダのWeeki Wacheeにある泉にて水中ダンスのワンシーンを切り取った「Weeki Wachee Spring」という作品がオリジナルだそうなのですが、今では「Undercurrent」だけでなくクラシックやバンドなど、いくつかのCDジャケットにこの写真が採用されています。
別の曲で目にしたことがある方もいるかもしれません。

Bill Evansという名前を聞いたことがあるくらいで、ジャズのことをほとんど知らなかった当時のSACHIKO♂さんを導いたのは、実はこのジャケット写真が(一つの)きっかけでした。
ちなみにSACHIKO♂さん、10年以上に渡って携帯電話の待ち受けを「Undercurrent」のジャケ写にしてるそうです。

「事の始まりとしては、『アンダーカレント』っていう漫画が好きだったんですよ。その装丁がまさにこの写真のイラストで。読んで『これめっちゃ良いな』と思って知り合いに話したら、実は表紙は『Undercurrent』のジャケットの構図から来てるって話を聞いて、それで曲を聴き始めました。」

アンダーカレント」とは、2005年に単行本化された豊田徹也作の長編漫画。
一冊読み切りで、304ページにわたる漫画の表紙はこのようになっています。
水中に横たわる女性の横顔を捉えたひとコマ。
まるで、レコードの「Undercurrent」に映る女性の顔をアップで映したかのようなデザインです。


英単語「Undercurrent」を辞書で引くと、二つの訳が出てきます。
真っ先に出てくるのは、Under(下)+Current(流れ)という意味での「底流」という訳。
いわゆる川の底のほうという感じでしょうか。
直接的な意味です。
それからもう一つ。
こちらは比喩的なニュアンスです。
暗示」や「底意」。
川や湖の底という意味だけでなく、人々の奥のほうに眠っている感情や意識という意味合いも、この「Undercurrent」という単語には含まれるのだそうです。

漫画「アンダーカレント」で描かれているのは、後者。
比喩的な「暗示」や「底意」という意味でのUndercurrentでした。
表紙だけでなく、漫画の内容もレコードに影響を受けたかのような構成になっているそうです。

◆内容紹介
ほんとうはすべて知っていた。心の底流(undercurrent)が導く結末を。夫が失踪し、家業の銭湯も手につかず、途方に暮れる女。やがて銭湯を再開した女を、目立たず語らずひっそりと支える男。穏やかな日々の底で悲劇と喜劇が交差し、出会って離れる人間の、充実感と喪失感が深く流れる。

(講談社コミックプラスより)

人間の意識の根底を映し出すというか、精神の深みを表現するような雰囲気を感じますね。コントラストとかではなくて。じわーっとくるところなどはレコードともリンクしていて、もしかしたら曲にインスパイアされたかもしれないです。川の見えてる部分と、見えない底を流れる速さってやっぱり違うわけですからね。」

インタビューの後この漫画を読んでみました。
まず目についたのは絵の書き方でした。
不安になるようなタッチで描かれた輪郭に、登場人物の目が小さく生気に欠けるわりに黒目がちで存在感を放っているいびつさは、なぜだかぞわぞわとさせられます。

ストーリーは細かくは書きませんが、世間体的なうわべと底に流れる感情のギャップや、人知れず発している暗示(Undercurrent)、操られているかのように登場人物が動いていく様が細かく描かれていて、フィクションなのに妙なリアリティーがありました。
非常に不気味です。
後半にやってくる、ある出来事がトリガーとなって、長年底にあった感情がむき出しにされる瞬間の変わりようも怖い。
ラストシーンでは腹落ちしましたが、読み終わった後のなんとも言えない居心地の悪さがあり、そのあとに聴く「Undercurrent」のひんやり度合いは読む前のそれとは全く異なりました。
まだ「My Funny Valentine」などは昼間の明るさがあるのですが、例えば後述するSACHIKO♂さんの推し曲である「Dream Gypsy」はすごく暗い。とてつもなく鋭利な刃物のようでした。

タイムリーなことに、「アンダーカレント」は年内の映画化が決まっています。
劇中で「Undercurrent」が使われることもあるのでしょうか。
楽しみにチェックしたいと思います。

水から引き上げられる?

ところで曲の「Undercurrent」には、前日譚がありました。
Bill Evansは1959年、Paul Motian,そしてScott LaFaroとともにピアノトリオを結成。
「Undercurrent」の少し前です。
トリオが生み出す音楽性は高く評価されていたのですが、1961年にScott LaFaroが交通事故により急逝。
ベストトリオは突然の活動停止を余儀なくされます。
「Undercurrent」の録音は、その翌年になされました。
どこかのブログでは“事故後9カ月の沈黙”とありました。
Bill Evansにとっては失意の中のアルバムであったことは想像できます。
「Undercurrent」は気分のどん底、喪失の中で生み出された作品だったのでした。
この作品がきっかけとなったのか、再びBill Evansはジャズ奏者として活躍していきました。
落ち込むBill EvansをJim Hallが救う形でデュオに誘ったのかは分かりませんが、緊張感みなぎるインタープレイの裏には、そうした裏話があるようなのです。

それを思うと、ジャケットの解釈も変わってくるような気がします。
まさに水に飛び込んだシーンの切り取りと見ることもできれば、それまで潜っていたところを地上に引き上げられる直前と見ることもできるのではないでしょうか。
どん底の精神状態から引き上げられようとしていた、当時のBill Evansのように。
すべて後付けではありますが、「Undercurrent」を取り巻く環境には、いくつもの想像のタネが転がっています。

ところで「Undercurrent」にはよく知られた水面のジャケットのほかに、もう一つ全く違うデザインがあるようです(裏面でしょうか?)。
Bill EvansとJim Hallがピアノの前で譜面を指しながら話し込んでいる姿を収めたものなのですが、黒縁メガネに髪をビシッとなでつけた2人の風貌は音楽家というより、PCか装置の状態を確認している中年エンジニアのように見えました。

一番は「Dream Gypsy」

ライナーノーツなどを読むと1曲目の「My Funny Valentine」がアルバムの象徴的な一曲と書かれていることが多いのですが、SACHIKO♂さんが一番好きなのは3曲目。
Dream Gypsy」です。

「例えば一曲目の『My Funny~』はこの曲にしてはアップテンポな感じで、2曲目の『I Hear A Rhapsody』はリラックスしたような曲調で来るんですけど、『Dream Gypsy』だけ、テンポはかなりゆっくりでメロディアスなんですけどこう...冷えきったようなところが感じられる一曲で、初めてアルバムを通して聴いていったときにこれだけピンとくるものがあって。刺さったんですよね。
Undercurrentっていうコンセプト的にも『Dream Gypsy』が一番指し示しているんじゃないかなって。」

「ジャズスタンダードって結局色々な楽器やエディションでカバーされたりするんですけど、この曲に関しては少なくともCD化されているものではカバーされていないですね。(難しい?)そう、挑戦が難しい。」

これは自分の推測ですが、もしかしたら楽器では再現不可能な「Undercurrent」を、漫画で表現出来ないものかと試みた作品が「アンダーカレント」だったのかもしれません。

ライブアイドルとの共通点

SACHOKO♂さんは漫画という特殊なケースから「Undercurrent」を好きになっていったわけですが、この一枚に留まらず、その後はジャズという領域に深く足を踏み入れていくことになります。
ジャズにハマっていった経緯はなんだったのでしょうか。

「例えば『Undercurrent』のBill EvansはMiles Davisに呼ばれて『Kind of Blue』っていうアルバムを出しているんです。そのMiles Davisはサックス奏者のJohn Coltraneを見出して、ColtraneはピアノのMcCoy Tynerと出会い...っていう関係性で。例えばアルバム一枚とってもその時のピアノは●●で..という風に派生していってっていうのがあるので。芋づる式に色々詳しくなっていったっていうのはありますね。」

ライナーノーツには、演奏に至った背景や当時の時代観、あるいは奏者の情報などが載っているものなので、それらを興味深く見ていくうちに自然と知識も身についていくのでしょう。
あるスタンダードを聴いて他のエディション知っていくこともあるでしょうし、これは洋楽というかジャズならではの特性だと思います。

「ライブアイドルもそんな感じはしますよね。あの子は元々このグループに居ただとか、好きなグループと事務所やレーベルが一緒だとか、やけに対バンが多いからとか、そういうつながりから一度聴いてみて視野が広がっていく。」

今回初めて意識的にジャズに触れて、いくつかブログやライナーノーツ、あるいはレコ評を注意深く読んでみました。
舌を巻いたのが、語彙力の多さ。
個人の趣味ブログであっても、語る言葉の引き出しが遥かに多いです。
音楽の語彙量というところでは邦ロックのジャーナルも引けを取らないかもしれませんがで、そちらとの決定的な違いは、”素人には理解できない言葉を駆使して悦に入っている”感が少なく、理論の押しつけがましさもないところでした。
表現されている言葉がそれだけで作品のようで、目を通しているだけで心地いい気分に包まれます。

両極端を取り入れる

SACHIKO♂さんとは1時間半近く話をさせてもらいました。
その中で思ったのは、少なくとも音楽においてはくまなく良いものを吸収しようとしている方なのかなという印象でした。
日々Spotifyでランダムにdigっていることや、アイドルに通うようになっても昔から好きだったジャズやロックなどを聴き続けていることはもとより、”正反対をどちらも抑えている”という感覚を受けたのです。
例えば、先の通り「趣味が高じて」歌詞の解釈や訳にいそしむ一方で、メロディーと詞のどちらを重視するかと聞けば「音」だと仰ります。
ライブアイドルでは今のところ2グループを中心に推されているのですが、一つがMIGMA SHELTER。
サイケデリック・トランスで踊り狂う、アングラである種アイドル離れしたユニットなのに対し、もう一方がメイビーMEという、可愛らしい衣装を着て可愛い曲を歌う、一般的に抱くアイドル像通り。
王道のアイドルグループです。

「対極にあるからこそ、自分の中でそれぞれジャンルが別物としてライブに行けてるんじゃないですかね。」

系統が似たグループではなく、それぞれのジャンルで個人的に頂点なグループを推している。
少し話しただけでこうだと決めつけるのは失礼かもしれませんが、個人的にはこの姿勢は特に見習うべき点だと思いました。


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