コウイカ

85年生まれ。大学で農学を学び、メーカーで研究戦略とオープンイノベーションに従事。 現…

コウイカ

85年生まれ。大学で農学を学び、メーカーで研究戦略とオープンイノベーションに従事。 現在趣味で、哲学を勉強中@日大通信。 海の生き物や読書、旅行が好き。 日常で感じたことを書いて考えることで、楽しくいきたいです。

最近の記事

転職活動は、自分の生きたい道を考え見つけようとする活動。違和感を持っているのならとりあえず初めて見るとよい②

①では、転職をしようかと考えたきっかけを書いた。 ここでは実際の転職活動の体験を書く。 本格開始前の助走期間 自分は何をやりたいのかをひたすら考えた。 現職の外に自分がやりたい・やるべきことがあると思いはじめた後、それを結晶化させるために2年くらいの時間がかかった。なんとなく本屋で本を買って読んだりした。特に参考にしたのは以下の3冊の本だ。 それらの本を読んで、書いてあるワークに取り組みながら、ひたすら自分は何に喜びを感じるのか、何が嫌なのかを考えた。noteに色々書い

    • 転職活動は、自分の生きたい道を考え見つけようとする活動。違和感を持っているのならとりあえず初めて見るとよい①

      2010年から12年務めた企業から、この11月に転職することにした。 転職活動を通して分かったことは、その活動が自分の人生をどう生きたいかを見つけ実現しようとする行為だということだ。 大学~現職までの経験と転職活動のきっかけを①で、転職活動の経験を②で述べたいと思う。 僕の経歴①大学~大学院 幼いころから生き物、特に海の生き物が好きだった。大学は、それらを勉強できる農学部に入学した。その中で、海の生き物の持つ成分がヒトに与える効果により興味を持つようになり、大学院に進ん

      • 佐原への旅行 住んだことないのに懐かしさを感じるのはなんでだろうか?

        先週の土曜と日曜は、娘がバスケットボールの合宿に行っていたので、夫婦二人で7年ぶりくらいの旅行をした。 行き先は、千葉県の佐原だ。NIPPONIA佐原という歴史地区の邸宅をリノベーションしたホテルに泊まってみたかったからだ。佐原の町は、懐かしくて落ち着く雰囲気だった。自分が経験したことのないのに懐かしさを感じるのはなぜだろうか。 https://www.nipponia-sawara.jp/ 佐原へのアクセス 東京駅八重洲口からバスで1時間半弱。予約はできないタイプの

        • 何かを始めたら終わらせたくなるようになった。それは過程よりも結果を重視しているからかもしれない。

          何かを始めるのは、それをしなければならないからか、したいからだろう。どちらのモチベーションで初めても、結局は終わらせたくなる。やりたくて始めたとしても、不思議なことに終わらせたくなる。 そういえば、昔は終わらせたいなんて思っていないことが多かった。 友達と小学校や飲み会の帰り道に、いつまでたっても話したいことが尽きなかった。遊びに行ったとき、ずっと続けたいと心から思った。その頃は体力が尽きるか、時間切れになるまで終わらせたいと思わなかった。 それに対して、今はいつも終わら

        転職活動は、自分の生きたい道を考え見つけようとする活動。違和感を持っているのならとりあえず初めて見るとよい②

        • 転職活動は、自分の生きたい道を考え見つけようとする活動。違和感を持っているのならとりあえず初めて見るとよい①

        • 佐原への旅行 住んだことないのに懐かしさを感じるのはなんでだろうか?

        • 何かを始めたら終わらせたくなるようになった。それは過程よりも結果を重視しているからかもしれない。

          ギルティはフリーにならないし、してはならない。農作業をしながらおもうこと。

          漫画を読んだとき、この言葉に感動した。そして、とても正しいことだと思う。でも、それは”大切な人”のためだ。 ギルティフリーという言葉を聞くことが多くなった。でも、それは正しいことなのか?生きていく中で犯す罪はチャラにできないし、それを見ないことはもっと罪深い。農作業をしながらそう思う。 毎週土曜日に農園に行く。農薬を使わない有機栽培の農園だ。とはいえ、農園は人工的な環境だ。土を耕して、種や苗を植える。高層マンションほど人工じゃないけど、人の手のついていない自然からは程遠い

          ギルティはフリーにならないし、してはならない。農作業をしながらおもうこと。

          待つこと、送ること、帰るところがあることの幸せ

          この春、娘が小学生になった。 僕はテレワークが中心なので、だいたい毎日、玄関でいってらっしゃい・おかえりなさいをいう。そのたびに幸せを感じる。 以前は全くわからなかった気持ちだ。 僕は中学から寮、大学からは一人暮らしをした。家を離れるたび、家に帰るたびに両親のどちらかは送り迎えをしてくれた。寮へはバスで1時間程度でいけるけれど、両親は車で送り迎えしてくれた。往復で2時間以上かかるのに。大学は新幹線で2時間程度の場所だった。そのたびに新幹線の駅まで送ってくれた。最初の方はホ

          待つこと、送ること、帰るところがあることの幸せ

          大人になって見つけた学びの幸せ

          昨日と今日は一日中大学の講義を受けた。 僕は一昨年の秋から日大通信教育科で哲学を勉強している。 通信教育といっても、すべてがオンラインや自習ではなく、講義も選択できる。僕は大体を自習でやっていたことと、コロナの影響で過去の授業はオンラインだったので、今回が初めての対面講義だった。 そこで改めて感じたのは、学ぶことは面白い、人が学ぶ場はすばらしいということだ。 大人の学び場には、昔は感じることができなかった熱量があった久しぶりに大学の教室でたくさんの生徒の方々と講義を受け

          大人になって見つけた学びの幸せ

          望んでいたひとり時間に改めて知る「必要とされる/利用される幸せ」

          この週末とつぜん自由な時間ができた。 妻と娘が実家で過ごしたからだ。 僕も誘われたが、ここのところ少し体調が悪いことと、締め切りが迫る大学のレポートをしたいから行かないことにした。 久しぶりに土日をひとりですごしている。 ひとりの時間は大好きだ。日々できない長距離ランニングをしつつ、大学のレポートを一気に仕上げようと意気込んだ。 普段の土日は、ほとんどを家族3人ですごす。自由な時間は娘を寝かせた後の9時半から2時間程度だ。その過ごし方に満足しながら、すこしだけ不満も感じて

          望んでいたひとり時間に改めて知る「必要とされる/利用される幸せ」

          赤外線通信で連絡先交換をするくらいのフィジカルさがいい

          最近、メタバースという言葉がはやっている。 どんな世界が創造できて、どれくらいの人がそれを選択するのだろうか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 娘が今年小学一年生になった。ときどき学校の先生や学童と連絡を取る必要があり、電話帳登録をした。 ここ数年は、LINEでほとんどの連絡をしていたので、スマホの電話帳に登録するのは久しぶりだった。電話回線を使うのは飲食店の予約くらいだが、その場合はググってそのままかけていた。 学校などの連絡先を登録するとき、

          赤外線通信で連絡先交換をするくらいのフィジカルさがいい

          雨の日の散歩。世の中の物事のほとんどを知らない、見ようともしていないことに気づく。

          昨日は、雨だった。 雨の日はあまり好きではない。 洗濯はできないし、くせ毛はくるくるなるし、傘など荷物も多い。 でも、春~秋などの緑が多い時期の雨の日は、いい匂いがする。 あと、晴れた日では見られない生き物とであえる。 タイトル写真は、僕のマンションで雨の日に現れるカタツムリだ。雨の日に桜の木の表面を観察すると、うすい橙色の円錐がたくさんゆっくりと動いている。ネットで調べると、キセルガイというカタツムリのようだ。 数年から10年以上生き、肝臓の薬として利用、乾燥や飢餓に

          雨の日の散歩。世の中の物事のほとんどを知らない、見ようともしていないことに気づく。

          同調圧力のない社会はない。でも、わざわざ同調圧力と言うのは、それに仕方なく従っているとき。

          マスクを外すかどうか、というニュースを見ることが多くなった。 外すべき、つけるべき、それぞれ条件付きなどの主張がある。 それぞれの根拠には、科学的なもの、注意する気持ち的に重要というふんわりしたもの、効果とリスクをバランスしようというものなどがある。 そのような議論とは別に、日本人が欧米に比べてマスクを着けている人が多いのは、同調圧力によるものであるという主張を見ることもある。 合理性よりも、周囲の目を重視してマスクを着けているということだ。 (僕もそんな気持ちで、以前は

          同調圧力のない社会はない。でも、わざわざ同調圧力と言うのは、それに仕方なく従っているとき。

          移植と転職

          植物を育てるのは楽しい。 2年前に農園を借りて野菜を育て、最近はベランダでハーブ中心に10種程度育てている。 植物を育てているといろいろなことに気が付く。 育てる環境の影響はとても大きい。 ポットの大きさを変えると、見違えるほどに植物は大きくなる。 置かれた場所で咲くのは大事だけど、環境を変える方が重要な時がある。 植物の移植と転職は似ているのかもしれない。 植物の植え替え3月末から、ボリジ・ナスタチウム・カモミールを種から育てている。 育苗ポットを使い、だんだんと大き

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          嘘を重ねて生きていく

          先日、リプリーという映画を見た。 主人公がある一つの嘘をきっかけに嘘を積み重ね、引き返すことができなくなる映画だ。こんなにヒヤヒヤする映画は初めてだった。 ヒヤヒヤしたのは、僕の人生と重なるからだ。 僕も、映画のマット・デイモンと同じように小さな嘘を重ねて、ギリギリバランスを保っている。 僕の人生はジェンガと同じだ。 もともとの自分の一部を抜いて、上に積み重ねていく。 進めば進むほど、バランスが悪くなって、最後にバラバラに崩れる。 嘘の種類嘘にはその影響の仕方の面で、そ

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          行きすぎた敬語ついて考えさせていただき申し上げ候

          先日、娘とパン屋で食事をした。 娘が「これなに?」と説明を求めてきたのは、下膳場所の表示だった。 意味を説明すると娘は「『ありがとう、また来てね』のほうがいい」と。 彼女にとって敬語表現は、仲が良くない感じがするそうだ。 確かにそうなのかもしれない。 丁寧に扱ってもらうことは大事だけど、それ以前に対等な立場であるという前提が重要だ。僕は、お金を払う”お客さま”としてあたり前のように、過剰な丁寧さを受けてきていたんじゃないか。 そう思うと、最近の敬語事情が気になってきた。

          行きすぎた敬語ついて考えさせていただき申し上げ候

          やる前に価値はわからない。やってはじめて分かる。

          娘が小学校に入学した。 初めての登校日、娘を校門の近くまで送って、「ここからは自分で行けるかな?」と聞いた。娘は、少し不安そうに「うん、大丈夫」と言って、横断歩道を渡って校門を通り、学校に入っていった。 横断歩道を渡るとき一度振り返って、そのあとはまっすぐ歩いて行った。 親になってよかった。と思った。 保育園を転園した時は、1か月ほど送りの時に抱き着いて離れなかった娘が、慣れない環境にも一人で立ち向かえるようになった。 ひとりだったらもっと自由に過ごせただろうと思いなが

          やる前に価値はわからない。やってはじめて分かる。

          ”今”を生きる娘と”過去・未来”を生きる僕

          娘が小学一年生になった。 ここのところ大きなイベントが続いた。 保育園からの卒園、小学校への入学、学童での放課後生活。 そのなかで娘と話したり、娘を観察する中で、その素直さに何度も驚いた。素直さとは、今を生きているということだ。 ”今”を生きる娘保育園の最終日の帰り、娘はとても楽しそうだった。 最後ということもあって、どの親も帰りをせかすことはなく、子供たちは保育園の出口のところで少し長めに遊んだ。 帰り道、名残惜しんだり悲しむ様子はなかった。 いつもとの違いは、また明

          ”今”を生きる娘と”過去・未来”を生きる僕