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スモール・タウン・ガールの見た東京 1989-1999

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フリッパーズ・ギターについて私が覚えていること。デビュー10周年に発刊されたファンジン「FG10」に寄稿したものです。
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記事一覧

だいじょーぶ

Yoricoさま

思えばカナダでYoricoさんがハリウッド制作のドラマ『SHOGUN』の撮影真っ最中に始まった、往復書簡のようなやりとり。昨年は、なかなかお返事を書けぬまま時間だけが過ぎてしまいました。読み返すと、あれからほんとうにいろんなことがあったのですね。そしてお互いになんとか元気を取り戻しつつ、ついに今月は『SHOGUN』が全世界配信される運びに。本当におめでとうございます。
Yor

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続いてくのさデイズ

80年代後半、高校生の頃に雑誌Oliveを愛読していた一人として忘れられないモデルさんがいます。松本りさ(リサ表記のときも)さん。スッと弧を描く眉毛、涼しげな目元。飄々と媚びない中性的な雰囲気が私にはとてもクールに見えて、自分とほぼ同世代の彼女の出た誌面は関心をもってよく見ていました。

それから何年も何年も経って、杉村ルイさんのInstagramに見覚えのあるお顔が。どうやら松本さんです。お見舞

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まゆみ

中学2年の頃に転校生がやってきた。とても綺麗な顔立ちの子で、そして、とてもぶっとんだ子だった。本土で生まれ育った彼女は、いつも標準語で少しテンション高めに話し、いろんな人の視線を集めていた。
彼女は高校に進学せず中学を卒業して美容師の勉強を始めた。島に戻ってくるときにはファッション誌から抜け出てきたようなお洒落な格好で、「あれさ、まったくMadonnaみたいじゃない?」と熱っぽく語る同級生の女子も

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書き残すということ

ものすごく今、書くということ、残すということについてもやもやとした感情に襲われていて、これをなんとか整理しておきたいという気持ちになりました。
たぶん非常にわけのわからない内容になりますが、ご容赦ください。

感情的になったきっかけは、今朝X(Twitter)でリポストされてきて読んだ文章でした。先日急逝したバンドのカリスマ的なボーカルの人物との、若い頃の邂逅を綴った追悼記事で、猫をきっかけとした

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Millie Small Talk

SNSのタイムラインには、お誕生日の人物の名前が日々流れてきます。
ミリー・スモールのことを思い出したのは、そんな流れからでした。
Millie Small(本名はMillicent Dolly May Small)は1947年10月9日生まれ。ジャマイカのサトウキビ農園に育ち、10代半ばでイギリスへ渡りました。1963年にリリースした 「My Boy Lollipop」は世界中で700万枚以上の

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In Between Days-2(2023夏 東京日記)

In Between Days-2(2023夏 東京日記)

7月9日(二日目)

夏もあけぼの。一人旅の何が気楽かというと、朝食の支度をせずに、のんびりしていられるということです。目が覚めて、机の上にあるポストカードを見て、昨晩の楽しい夜は夢じゃなかったんだと思い出します。
(幡ヶ谷Club Heavy Sickを客として最後に出た時、片付けをしていたスタッフの方から買ったKameさんイラストのThe Zombies。とてもかっこいいカードです)

その日

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In Between Days-1(2023夏 東京日記)

In Between Days-1(2023夏 東京日記)

The Cureの"In Between Days”は中三の夏に初めて聴きました。確か、クラスの男子がFMラジオでエアチェックしたものを聴いたのだと記憶しています。
中学生の頃は周囲の音楽好きな友達から、そして何よりもラジオ番組から、素敵な作品にたくさん出会いました。授業は退屈だったけれど、そんな日々の隙間にいつも音楽がありました。

東京には大学時代を含めて4年半くらいしか住んでいなかったので、

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コリー・ハートに花束を

中学2年生のときにMTVで観たカナダ人のミュージシャン、コリー・ハート。一時期はブライアン・アダムスと人気を二分するくらい本国では人気があったと雑誌で読んだ覚えもあります。なんとなく垢抜けないような、でも漂う哀愁が魅力的で、私は彼のレコードを買うようになりました。高校生のときまでに出たアルバムは全部持っています。大学受験の頃に佐野元春さんのラジオで彼のヒット曲「Never Surrender」が流

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VIVA, Francis!

2021年に発表された小里誠さんのソロユニットFrancisのアルバム『Bolero』を聴いたとき、いっぺんでその世界観のとりこになってしまい、ああ好きだなあと思いながら、なかなか文字にできませんでした。

気に入ったらすぐに人に話したくなるので、ちょうどその頃、ひとまわり以上歳下の知人がSketch ShowなどのDVDを貸してくれることになり、私は買って間もないビート・ジェネレーションの雑誌の

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想い出のキューティー・ガールズ 4(イケミズマユミさん)

想い出のキューティー・ガールズ 4(イケミズマユミさん)

2016年に書いた3本のこのシリーズ。その後、3人の方とは残念ながら再会する機会がなかったのです(1本目のKさんは私が一方的に存じ上げているだけです)が、当時は全くお話もできなかったのに、数年前から少しずつやりとりができるようになった方がいらっしゃいます。

「奈落のクイズマスター」でトップ高めの髪をゆるく巻いて60'sなファッションだったこの方は、当時BRIDGE、現在はThree Berry

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私の2022 10の想い出

年々忘れっぽくなっているので、2022年は備忘録として書いておきます。
まだいろんなことがあったのですが、特に印象に残ったこと。
関わってくださった皆々様に心からの感謝を申し上げます。

1.本を扱う公共施設に3年ぶりに異動できたこと

2.映画『サンマデモクラシー』で注目を集めた下里恵良(ラッパ)さんのご遺族にご了解をいただき古い書籍を電子化、電子図書館でも読めるようになったこと。その映画を監督

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もう一度スローバラード

そんなタイトルの切ない文章が『東京トンガリキッズ』にあったと思う。
誰もが知っているRCサクセションの大名曲『スローバラード』を、私は長年聴くことができなかった。

19歳の秋くらいだった。ひと足先に上京していた私に話すことがあると、付き合っていた人から電話があった。浪人して来年は俺も東京の大学に行くからと、沖縄本島のアパートで一人暮らししながら予備校に通っていた。

好きな人ができたので、これ以

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『パイナップル ツアーズ』と私

「ネーネー、幾つね?何年生?」
頭にタオルを巻き、ニッカーボッカ姿のヒゲ面のおじさんは、私にこう聞いた。
「えっと…昭和45年生(生まれ)です。」
「じゃあ、自分たちブーリャさいが(同級生だね)!」
よく見ると、顔のシワはペンで描かれたものだった。
極太に塗った眉毛の下に、いたずらそうな瞳が輝いていた。
それが、社会人一年生の23歳の頃だったか、コザの笑築過激団で人気キャラクター「川満シェンシェー

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chiggy, chiggy!

SNSは時折、退屈な日常に佳き出来事をもたらしてくれることがあります。

6年前のこと、THE STONE ROSESの来日公演が決まり、当時よくやりとりしていた方同士で先行予約の抽選に申し込んでみましょうということになりました。運よくどちらも当選したのですが、そうなると申し込んだチケット枚数に余裕が出てしまい、Twitterで希望者を募ることにしました。あと2枚というところで、ある方から丁寧なD

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