【無料公開中】本当に面白い国産アニメを見続けるために、我々は何をすべきか? ジブリ解散で考えるアニメ業界変化の波――ジブリ崩壊とアニメ業界再編【1】

――2014年は、ディズニーによる外国産アニメ映画が話題を呼んでいたが、今夏以降、日本のアニメでも注目作品が続々と公開される。一方で、残念ながら、一部の恵まれた作品以外は、良作であってもなかなかスポットが当たらず、コアなファンにしか届かないものも多い。本企画では、こうした業界が抱える問題を追いつつ、今観るべき、そしてこれから語り継ぐべき映画や監督をピックアップし、アニメ業界の新たな幕開けを見ていこう。

日本のアニメを世界レベルに押し上げた宮﨑駿。まだまだ元気でアニメを作って欲しい。

 2014年8月、スタジオジブリが映画制作部門の休止を発表した。理由のひとつは、宮﨑駿の引退表明によって劇場用作品の定期供給が難しくなったことと言われる。また、同スタジオがアニメ業界には珍しく正社員制を敷き、福利厚生を完備していたことで経営を圧迫したとも推察される。

 ジブリの事実上の解体は何をもたらすのか? ベテランアニメライターは「ジブリのアニメーターがフリーになって野に放たれる。いろいろな作品にジブリテイストが拡散されると思うと楽しみ」と興奮する。某スタジオのスタッフも、「作画の上手い人が流れてくる! と、各スタジオのテンションは上がるでしょうね」と前向き。ただ、「テレビシリーズをメインで回しているスタジオは、ジブリのアニメーターがもらっていた業界最高といわれる水準のギャラは出せないのでは」という業界筋の声も聞こえてくる。

 細田守監督による『バケモノの子』(7月公開)には、大森崇氏、高松洋平氏、西川洋一氏など、元ジブリのベテラン美術スタッフが参加している──という情報もあるなか、ジブリ遺伝子の拡散が業界のクリエティブを刺激することになるなら、実に楽しみだ。

 その『バケモノの子』を制作するスタジオ地図は、老舗アニメスタジオ・マッドハウスのプロデューサーだった齋藤優一郎氏が2011年に立ち上げた。齋藤氏は『時をかける少女』以来、一貫して細田守作品のプロデュースを手がけている。そのマッドハウスの、創業メンバーのひとりである丸山正雄氏が11年に設立したスタジオMAPPAも同様だ(こちらのインタビュー掲載・6月27日公開)。16年には、本誌5月号でインタビューした片渕須直監督の『この世界の片隅に』の公開が控える。

 このように、大手スタジオからスタッフが独立・移籍して小さなスタジオを設立する例が、ここ数年は目立つ。元ガイナックスのメンバーが設立したトリガー(『キルラキル』)、元ジブリの新井陽次郎監督が所属するスタジオコロリド(『台風のノルダ』)、元Production I.Gのメンバーが設立したWIT STUDIO(『進撃の巨人』)も、11~12年に相次いで誕生した。

 これにはいくつかの理由が考えられる。ひとつは「上が詰まっている」ため。熟練プロデューサーが在籍し続けていくことで、若手にチャンスが回ってこないのだ。一般企業でもよくある話である。

 また、所属プロデューサーが特定の作品や監督とだけ密に仕事をしたくなった場合に、組織を抜ける例もある。スタジオ地図の齋藤氏の場合も、細田氏とのマンツーマン体制を崩さないために、独立したと言われる。古巣のマッドハウスが11年2月に日本テレビ放送網によって子会社化され、テレビシリーズに注力した制作方針に移行したことも、影響しているだろう。

 こんなケースもある。「あるテレビシリーズが好評につき続編の企画が持ち上がったとします。しかしそれを制作していたAという会社が何らかの事情で続編を請けられなくなった場合、A社のプロデューサーが独立してBという会社を作り、続編制作を請けるんです。同じプロデューサーなのでクオリティは安定しますし、今後B社は古巣のA社から仕事を受注することもできるでしょう」(前出・スタジオスタッフ)

 巨人・ジブリが制作機能を休止した今、機能特化したマイクロスタジオが活躍の場を広げていくのかもしれない。

ブラック報道の裏にあるゆとりアニメーター問題

 ただし、時には前向きでない話も報じられる。今年4月、NHKが「アニメ若手制作者の平均年収は110万円」という趣旨のニュースを報道し、「アニメ業界はブラック」という状況が改めて浮き彫りになった。

 この数字は日本アニメーター・演出協会が実施した「アニメーション制作者実態調査報告書2015」を元にしていた。しかし、元になった平均年収である111・3万円は動画マンに限ったもの。実際、監督は648・6万円、総作画監督は563・8万円、プロデューサーは542・0万円が平均年収である。

「たしかに低賃金は褒められた話ではありませんが、実績を残せばちゃんと収入が入ってきますし、食っていけます。知っている人で1000万円プレイヤーもいます」(アニメ制作をするA氏)

 どの業界でもそうだが、フリーランスとして食えるようになるには相当な自己研鑚が必要だ。アニメーターであれば、画力とスピードの向上は絶対条件。ただ、アニメ業界にもゆとり世代の波が押し寄せているという話も。

「昔は求められる水準に達せなくて、泣く泣く辞めて他業界に行く人が多かった。でも今の若い人からは、能力が足りてないことに対する悲壮感をあまり感じません。動画は1枚200円の歩合制なので、描けなければ即食えないわけですが、実家通いだから困っていないのか、何としてでも上達しようという向上心が見えない人が増えた印象があります」(前出・スタジオスタッフ)

 かつて同氏が制作進行職の採用面接での話、ある志望者は制作進行という仕事の概要すら知らなかったという。同様にアニメーター志望者の中にも、「仕事をしながら絵を学びたい」などと、学生メンタリティが抜けない若者もいるのだ。

 昨今は、時間短縮とコスト面で動画を海外などに外注するケースがほとんど。しかし前出・A氏は、「国内のほうが仕上がりは丁寧だと思うので、できれば国内で賄いたいのですが、制作される作品の本数に対して国内の動画マンの数が少なすぎる」と頭を悩ませる。

「コスト重視で海外に外注、国内のアニメ産業が空洞化」とはよく報じられるが、それ一辺倒でもないのが実情なのだ。むしろ課題は若いアニメーターの人材確保・人材育成というわけだ。

現状の制作システムは5年で終わるのか?

 一方、昨今の作風トレンドに目を向けると、「日常系の終わりが来ている」(前出アニメライター)ようだ。「日常系」とはざっくり言うと、美少女たちが登場し、大事件の起こらない日常を淡々と描いた作風のこと。その嚆矢は07年の『らき☆すた』と言われ、『けいおん!』(09、10年)のようなエポック作も生み出されたが、15年はその勢いが一段落している。

 日常系はキャラクター萌え要素の占める割合が大きいので、必然的にそのビジネス手法も「萌え豚」相手だった。「萌え豚」とは極度にキャラ萌えに特化したオタクのことで、限定版のブルーレイやグッズ収集に尋常ならざる消費を行う者を揶揄した呼び名。しかし日常系作品が減ったことで、萌え豚ビジネスが行き詰まりを見せているというのだ。

 日常系の代わりに登場しているのは、カジュアルな大学生が気軽に見られるような青春ドラマ系のもの。例えば13年に劇場版も公開した『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などだが、視聴者の裾野が広い分、萌え豚相手のような高単価商売はしづらい。

 つまるところ、アニメ作品の資金回収はソフトの売り上げが長らく軸となっていたが、昨今は以前ほどそれが機能しないのだ。配信やグッズ販売、イベント収入も全体収益を補填するまでには至っていない。「にもかかわらず、制作されるテレビアニメの本数はものすごく多い。謎です」(前出・スタジオスタッフ)。そのため、テレビシリーズの製作予算は05~06年に比べて1話あたり数百万円単位で、安くなっているという声も聞かれる。また、劇場版に関しても、公開される映画の本数自体が増える一方で、映画館へ行の動員数は減少しており、それにともなって、予算も縮小の傾向があるようだ。ある映画プロデューサーも「予算は厳しくなっている、という事実はある。あれだけ大ヒットした『風立ちぬ』ですら、トントン、という状況のようですからね」と嘆いていた。

 そんな中、15年5月に庵野秀明監督が海外通信社スプートニクのインタビューに答えたコメントがネットを賑わした。「今のアニメ制作のシステムはかろうじて保っている状態であり、その崩壊は時間の問題。(中略)20年はもたず、あと5年ほど」。前出・スタジオスタッフはこの言葉を厳粛に受け止めているという。

「大きなスタジオは生き残ると思いますが、その大きなスタジオ1社だけに依拠した下請けでもっている中堅スタジオは厳しい。我々、制作屋の間にも危機感はあります」

 その声からは、5年すら危ういのではという印象を受けた。

 そんな中で、業界の収益を苦しめる諸悪の根源は違法配信サイトだと憤るのが、東京フレックス法律事務所の中島博之弁護士だ。自身も、アニメ好きで、マンガ家の顧問を務めるなどコンテンツに対して知識も豊富。海外の違法配信サイトに法的手段を講じた経験もある。

 たしかに、違法配信の横行によって、本来DVDやブルーレイ、有料配信に支払われるべき対価が制作元に還元されなくなる。そして資金回収率が悪くなれば、次回から挑戦的な企画は通りにくい。人気原作つきの無難な作品ばかりが、無難な作風で制作されることになる。

 しかも、違法配信サイトの利用率は、可処分所得の低い10代のアニメファンが特に高い。アニメの未来を担う若人に、作品に金を払う意識が希薄なのは問題だ。

 中島弁護士によれば、有功な対応策が取られているとは言えないという。

「削除業者が1作品いくらで請け負って違法サイトに通報し、削除を行うケースも少なくない。ですが、それでは、サイト自体は削除されないため、同じ作品が再びアップロードされるだけで、結局はいたちごっこ。なので、法的手段でサイト閉鎖を求めるべきなのです。しかし、例えばアメリカにあるサイトの場合、日本で判例をとっても実行力はなく、運営会社が現地で法的手続きを行う必要があるので、中小のアニメ製作会社には、ハードルが高すぎる」(中島氏)

 当のアニメ業界従事者が著作権意識に希薄という問題もある。「とあるOVAの本編が1年半以上、YouTubeにアップされたままなんですよ。制作会社もDVDメーカーも有名なところなのに、削除に動いていない。担当部署がないのだと思いますが、チェックしていないのか、余計な仕事を増やしたくないのか……」(中島氏)

 しかし、このままでは業界がやせ細っていくばかり。違法サイトの閉鎖が難しいなら、と中島氏が挙げた案は2つ。

 ひとつは海外違法サイトへの動線となっている国内のまとめサイトを潰すこと。これだけでも多くのカジュアル違法ユーザーが、違法サイトへの動線を断たれる。現状は検索サイトで作品名を入れると、公式サイトより上に違法サイトの動画アドレスが表示されることすらあるからだ。まとめサイトから違法サイトへのリンクが消えれば、検索順位も下がるだろう。

 もうひとつは、テレビアニメ作品の単話での有料視聴をもっと増やすこと。現在でも各配信サイトである程度は見られるが、過去の名作も含めてそれを網羅することで、「手間をかけて海外サイトに飛び、低画質で観るよりは、100円払って高画質で観る」を選択するユーザーが増えるはず。どんなに手間を惜しんでも、何が何でも無料にこだわるユーザーはそこまで多くないからだ。

ユーザーがカネを使えば業界が救われる!

 ネット環境の発達によってもたらされた被害も相まって、ジブリが制作機能を失い、業界の体力が削がれつつあるなか、前出アニメライターは「もうアニメ業界は宮﨑駿を忘れるべき」と強調する。「次世代のジブリや宮﨑駿を探すんじゃなくて、いっそ『ラブライブ!』みたいに作家性もへったくれもない、ただ楽しむことに特化した作品をどんどん作っていくべき。それで金が回ります」(同)

 なかなかに極端な意見だが、一方で、生真面目に芸術性を追求する作品も生まれている。5月に公開された原恵一監督の『百日紅(さるすべり)~Miss HOKUSAI~』は興行的には苦戦しているが、徹底した時代考証と緻密な作画が光る良作だ。

 ジャンルや内容からして、『百日紅~』の製作陣は興行的苦戦を予想していただろう。しかし、それでも本作を作り上げたProduction I.Gの英断には喝采して然るべし。日本のアニメはここまでできる、これが商業作品として発表できるのだとアピールできる。いわば未来への投資だ。

 クラウドファンディングで3300人以上の支援者、3600万円以上の資金を集めた片淵監督の『この世界の片隅に』も、萌え豚ビジネスや「享楽的なアニメ」とは無縁の代物。製作者と観客が直結することによって成功したこの資金調達方法は、アニメ製作のスキームを根本的に変革する可能性をも秘めている。

 前出アニメライターの意見は、たしかに現実的だ。しかし革新は常に現実主義からではなく、理想主義から起こる。

 我々は、そんな革新を応援し、「正しいものに、ちゃんとカネを使う」べきなのだ。違法配信サイトは利用しない。単話の有料配信を利用する。野心作は劇場に観に行く。クラウドファンディングに参加する。これらに使うカネは、とてつもない潜在能力を秘めた「日本製アニメ」という名のエンジンをぶん回すための、いわばガソリンである。

 アニメにもっとカネを使おう。5年後も10年後も面白い国産アニメを観たいなら、それしかない。

 本企画では、名物プロデューサーの言や業界を状況から、その今後を占っていく。本当に面白いアニメを見続けるために、我々ができることとは──?

(文/稲田豊史)

サイゾーが勝手に厳選
名前で選ぶならこの人!ジブリ以降を作るアニメ監督

■ポスト・宮﨑駿の最右翼?
【1】細田 守

前作『おおかみこどもの雨と雪』に続き、今夏、最新作『バケモノの子』が公開。ポスト宮﨑駿に一番近い存在と言われるが、「ポスト~」と呼ばれるには、もう一歩突き抜ける要素が欲しいかも。

■ロボを手放した富野チルドレン
【2】長井龍雪

富野由悠季の作風に多大な影響を受けた“富野チルドレン”を自称。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などで見せる生々しい人間ドラマ部分に、その系譜を感じ取ることができる。劇場用最新作 『心が叫びたがってるんだ。』(9月公開)では、新たな泣きのドラマを描けるか。

■映画版『クレしん』の監督作が高評価
【3】原 恵一

『百日紅(さるすべり) ~Miss HOKUSAI~』が公開中。同作は細やかで地味なドラマながら国内を代表するスーパーアニメーターを惜しげもなく投入した贅沢な作品だ。長編映画路線の最右翼として今後のさらなる活躍が期待できる。

■ギリギリなネタをぶっこむ力量
【4】水島 努

代表作は『ガールズ&パンツァー』『じょしらく』など。かねてより手堅い作風の作品づくりには定評のある監督だったが、近年はスマッシュヒットを連発し、アニメファンからの評価を不動のものとしている。そのセンスがいかんなく発揮されたのが『SHIROBAKO』におけるアニメ業界の描写であろう。

■『けいおん!』大ヒットの立役者
【5】山田尚子

『けいおん!』でおなじみの監督。女性ならではの細やかさとフェティシズムに満ちた演出が魅力。女子校の吹奏楽部を舞台にした『響け! ユーフォニアム』には助監督的な立場で携わる。記号的ではない、地に足の着いた“萌え”の演出が高評価。

■時代考証とリアリズムの鬼
【6】片渕須直

『マイマイ新子と千年の魔法』が、ロングランヒット。制作中の『この世界の片隅に』は、業界では数少ないクラウドファンディングでの資金調達を敢行し、大成功。いよいよ期待がかかる。本誌5月号でもインタビューを敢行したが、紙面に載せきれない部分でも、作品に懸ける思いや愛が伝わってきた。

サイゾーが勝手に厳選
名前で選ぶならこのスタジオ!ジブリ以降を作るアニメ製作会社

ここでは昨今の話題作を手がけたり、ビジネスモデルとしても今後さらに注目できるスタジオを、サイゾースタッフが独断と偏見でピックアップした。

■豊富な資金で良作に挑戦を続ける
【1】東映アニメーション

伝統の「プリキュア」CGダンスをはじめ、水島精二監督&虚淵玄脚本の『楽園追放 ─Expelled from Paradise─』でCG美少女の最先端を見せたりと、CG表現の限界を追求し続ける老舗。

■元虫プロ派閥の最大手
【2】サンライズ

『ガンダム』『ラブライブ!』など、強力なコンテンツを多数抱える。新会社バンダイナムコピクチャーズでは、キッズ・ファミリー向けコンテンツを中心に制作。トイホビーとの連携を強めていくのが狙いだ。

■洗練され続けるデジタル技術に注目
【3】オレンジ

CGアニメーション制作会社。『TIGER&BUNNY』などアクション描写が際立った作品のCGパートを手がける。同社はCGとしての表現力とアニメらしいメリハリのきいた演出の両立を実現した。

■アニメ以外も手がけるマルチスタジオ
【4】神風動画

アニメ『ジョジョの奇妙な冒険』のOP映像で知られる。CGによるセル画ルックな画作りを追求しており定評がある。アニメ作品のみならず、ゲームやCM、アーティストのMVなどさまざまなジャンルで活躍するスタジオ。

■日テレと強力タッグ!
【5】スタジオ地図

細田守監督を擁するスタジオ。『バケモノの子』が7月公開を控えている。このほど日テレと、「日本テレビ・スタジオ地図有限責任事業組合」という組織をつくり、製作委員会にたよらない作品運営を目指していく。

■拠点はなんと富山県!
【6】ピーエーワークス

働く女の子や思春期の男女による群像劇を多く制作。最新作はアニメ業界を題材にした『SHIROBAKO』。実在する地域の特性を物語に絡めた作品づくりにも長けており、多くの作品の舞台が「聖地化」する。

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