ナチスと731部隊の人体実験、米ソの核開発…… マッド・サイエンティストも実在!“科学の政治利用”の裏面史

――20世紀、二度の世界大戦や冷戦において、参戦国の科学技術は敵を殺す“武器”となり、“マッド・サイエンティスト”と呼び得る科学者たちも活躍した。そして今世紀になっても、科学は大国の軍事的な思惑によって発展している!? “科学の政治利用”について、過去の忌まわしき事例を挙げながら考察してみたい。

モスクワに本部を置くロシア科学アカデミー。ソ連時代、ソ連科学アカデミーという名で、内閣である人民委員会議(後にソ連閣僚会議へ改組)の直属機関だった。(c)Even The Stars Die

 科学技術の発展は、政治や戦争と切っても切り離すことができない。近現代史を紐解けば、第一次世界大戦(1914~18年)は、化学分野の軍事利用が顕著になった最初の戦争といえる。タンク(戦車)、戦闘機、潜水艦、毒ガス、窒素化合物による火薬などが使用され、科学技術が飛躍的に進歩した。特に、めざましい成果を上げたのがドイツである。ドイツ現代史に詳しい東海大学文学部専任講師の柳原伸洋氏は、こう解説する。

「ドイツは普仏戦争(1870~71年)でフランスに勝利し、多額の賠償金を得て、それをもとに鉄鋼業や科学を発展させました。第一次大戦が勃発すると、物理化学者フリッツ・ハーバーは毒ガスを開発。また、空気中から窒素を取り出して窒素化合物を作る方法を確立し、平時は農作物の肥料に、戦時中は火薬の材料として転用することを可能にしました」

 ところが、ドイツは第一次大戦で敗戦。連合国とベルサイユ条約(1919年)を締結し、軍備制限を受けて毒ガスの研究は禁止されることになった。空軍の保持や軍用機開発についても禁じられたが、民間航空会社として26年にルフトハンザ航空が設立され、極秘裏に空軍飛行士の養成が行われていたといわれている。

 また、ロシアでは科学研究機関と大学の機能を併せ持つ国立の最高学術機関・ロシア科学アカデミー(ソ連時代の名称はソ連科学アカデミー)の原型が18世紀に創設され、ここから多くの優秀な科学者が輩出された。しかし、1917年のロシア革命ではエリート層が迫害され、多数の科学者が海外に流出。その後、ソ連の建設を指導したレーニンによって待遇が改善されるが、30年代、スターリン政権下のいわゆる大粛清の中で優秀な科学者が処刑、投獄されることに。その象徴ともいえる出来事が、ルイセンコ論争である。34年、農学者のトロフィム・ルイセンコが、植物の種子は環境要因によって形質が変化し、その特徴が遺伝するという、従来のメンデルの遺伝学を否定する学説を発表。それに異議を唱えた遺伝学者のニコライ・バビロフは逮捕され、監獄の中で死去した。ソ連政治史に詳しい法政大学法学部の下斗米伸夫教授によれば、ルイセンコの学説は「権力に取り入ったもの」だという。

「それは共産党のイデオロギーに沿った学説で、学がないスターリンにルイセンコは気に入られたのですが、反対にメンデルの遺伝学は『ブルジョア的である』として否定されました。さらに彼は、スターリン批判(56年)で知られる次期最高指導者のフルシチョフも取り込んだのです」(下斗米氏)

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