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雪景色の中,栃鉄は力強く走っています,今も

それほど遠い昔の話ではありません.長岡(新潟県)を経由して,悠久山から栃尾の間を走っていた,越後交通栃尾線,通称 栃鉄(とってつ)と呼ばれた軽便鉄道(けいべんてつどう)がありました.1915年(大正4年)に開業し,1975年(昭和50年)に全線が廃線となりました.

 父の生家が悠久山にありました.私も幼い頃に,何度か悠久山の家を訪れたことがあります.上越線を長岡駅で降りて,栃鉄に乗り換えるには,地下道を通って上越線の線路を横切る必要がありました.その地下道は,薄暗くて,随分長く感じたのですが,なんだかワクワクした気持ちになっていたことを記憶しています.昼でも栃鉄のホームも薄暗い感じでした.

電車はヘッドライトを点けて,長岡駅のホームに入ってきました.長岡の人は新しいことが好きなのか,中小私鉄としては早い時期に全線電化されたそうです.昔,父から聞いた話では,雪の季節に,時々,立ち往生することがあり,車掌さんから高校生だった父に「学生さん,押してくれないか」と頼まれることがあったと懐かしそうに話していました.父が友人たちと一緒に電車を押している姿が浮かぶようです.

 悠久山の家の前には,石を積み上げて造られた小さな水路がありました.山の雫を集めて流れる水は,とてもきれいで,周りにはイトトンボが飛んでいました.それは神様がいるような流れでした.私は生態環境に係る仕事をしてきましたが,その原点はこの小さな水路にあったのだと思います.その時は全く意識していませんでしたが.

 今では,周辺の土地が開発され,その水路はコンクリート製になり,水路の上は蓋がかけられ,もう,流れを見ることはできません.仕方のないことですが,最近の環境問題は政治や経済が深く関係して,とても複雑なものになっています.使い終わったら,電気を消す,水道を止める等々,無駄はしないという解決方法ではだめでしょうか.

 日が暮れたころに久留里線(千葉県)に乗ることがあります.上総清川で列車を待っていると,暗闇の中,遠くに列車のヘッドライトが見えて,栃鉄での記憶がよみがえり,懐かしい気持ちになりました.久留里線も利用者が少なく,いろいろなことが検討されているそうです.

 小説を楽曲にした,YOASOBIの大正浪漫という曲のPV(アニメ)に,主人公の時翔と千代子が走る電車のなかで,すれ違うシーンがあります.映像は電車の中をすごく速く移動するもので,電車は現代と大正時代の客車が入れ替わります.向かい合った客席は狭く,軽便鉄道の栃鉄のようでした.

 栃鉄の線路の跡地は,かつて,そこに線路があったことを思わせてくれるように,そのままのところが多くあるそうです.昭和28年の悠久山には三越タクシーの本社があったそうです.栃鉄が廃線にならず,今もあったら,新しいモノが好きな長岡の人は,どんな電車を走らせているのでしょうか.少し興味があります.

 栃鉄はなくなってしまいましたが.それがあったことを知る人.それを知った人がいる限り,人々の心の中の,雪景色の中で,栃鉄は力強く走っています.いつまでも.

それでは,また,何時か何処かで.


YOASOBI「大正浪漫」Official Music Video
https://www.youtube.com/watch?v=wJQ9ig_d8yY

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