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第五章

3月最初の合奏練習直前、委員長からメールが届いた。2日前の夜だから当日の注意事項か、次回の演目が決まっていないからアンケートくらいに思って気軽に開いてみたら、目を疑うような知らせだ。
コンサート・マスターが、突然亡くなられた、とご家族から連絡があったという。2週間前の練習には、もちろん普通にお元気に参加して、いつものように僕たちをリードしてくださっていた。まるで当たり前のように、そこにいる彼を、みんなが頼りにしていた。

会社の先輩でもあった。直接の面識はなかったが、このオケの新人という以上に、気にかけてくれていたと思う。お嬢様はプロのヴァイオリニストで、前回の定期演奏会では、ソリストとして共演してくださった。照れくさそうな素振りを、父親としても身近に感じていた。お嬢様が参加をされない練習で、お嬢様の代わりにソロを弾いてくれたお姿が、目に焼き付いている。

合奏練習は集合から、みんな暗い面持ちだった。始まりに、委員長から報告があり、1分間の黙祷を捧げた。団の規約なったよる代理のコンマスのチューニングはぎこちない。彼のいないこのオケは、大丈夫なのだろうか。本当にまだ信じられない。

ただなんとなく、このオケは高齢者が多く、コロナで亡くなった方もいると聞いていた。がんとの闘病で、今回参加を見送った団員もいる。
それでも、コンマスだった彼は、オケに対する思い入れや責任感は、相当なものだっただろうことは、容易に推察される。

それでも僕たちは、前へと進まなければならない。
ご冥福を祈りつつ。

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