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告白(暗めBL短編小説)

 かつては何度も訪れた彼の家の縁側でしたが、今となっては僕と彼だけが知る抜け道を使ってしか入れてもらえなくなっていました。手紙も出せる状況では勿論ありませんでしたから、彼はいつも昼下がりに抜け出してくる僕を待ってくれていました。
『ああ、今日もいらしたのですか』
『……敬語やめろよな、いつも言ってるけどさあ』
 僕より10も歳上なのに、と付け足すとまた彼は困ったように笑いました。おかしな事です。僕はその微笑みにすら、自分へ反応を向けた事への感謝を感じてしまったのですから。
『未だに見つかっておられないのですか』
『僕がそんなヘマなんてするわけないだろ』
『……そうですか』
 あれから10年も経った今なら、家の者が見て見ぬふりをしていたことを察せました。しかしいかんせん、当時の僕は子どもだったのです。彼もきっと気付いていたのでしょうが、言及するような野暮な真似は決してしませんでした。
『ああ、そうだ。お前、来週誕生日だよな』
『ええ、十八になります』
 僕が五歳の頃に巷で話題になる程の財界戦争が勃発したのですが、僕の家が彼の家を乱暴に下して以来両家は非常に関係が悪化いたしました。それまでは懇ろにしていたというのに、生活が絡むと互いに手の平を返したのです。生まれた頃の遊び相手として、彼はずっと僕の傍らにいることを命じられていたのに。そして僕は、物心ついた時から彼を好いていたのに。
『なあ、今年はどんな贈り物がほしい?去年あげた本の作者が新作を出したそうじゃないか、せっかくなら』
 あの日、彼が僕の提案を遮ってまで口にした言葉を忘れる事は未だ出来ません。それだけ衝撃的だったのです。

『まったく、手間だった』
『でも上手くいったのでしょう?』
 両親は昔から、寝室でも仕事の話をしていました。共同経営者、としての性なのでしょうか。僕はいつも寝台で目を閉じながら、理解出来ないながらも眠りにつくまでその言葉たちを聴くのを日課としていました。
『ああ。相手取ったのが極道の家ともあれば断るわけにもいくまいし……なにより御令嬢は大層熱心だそうだ。あの小僧も顔はいいし無理も無いだろう』
『これで堂々と表舞台からあの家を消し去れますわね』
『ああ。極道の娘を娶ったなど、風評としては最悪になるからな。これで清清する』
『それにしてもあなた、よくあんな極道者をけしかけられましたね。それも山形県だなんて』
『それはやはり、繋がりという繋がりを辿った結果だよ』
 まるでそれは棘を生やした雑音でした。僕は既に彼からすべてを聴いていましたから、特にそう感じたのです。
『あの小僧も、明後日には山形入りだ。……奴さえいなければ、あの家も復興は一切かなわなくなる。全てが終わるのだ』
 声を押し殺して泣く事は、父からの教育の賜物で得意でした。
 彼が、いなくなる。他の女の伴侶となる。それだけで、胸が焼けていました。
 この苦しみから解放されるには、そして彼をこの因果から解放させるにはどうすればいいか。必死に脳を捏ねくり回しました。しかし子どもである僕には、僅かな策しか思い浮かばなかったのです。

 彼に昨年贈った本は、二冊買っていました。一冊は彼に贈り、もう一冊は自分のものにしていました。両親には内緒で読んでいたので、分からない文字は使用人にこっそり手伝ってもらいながら……僕は、その本を読みきりました。そうする事で、彼と同じものを心に得た気になっていたのです。
 翌日、もう一度僕は彼の元へ向かいました。
『おや、二日連続とは珍しいですね』
 やはり僕はこの微笑みが好きでした。世間で言えばまだ小僧でも、僕からすればずっと大人で……届かない、彼が。
『……川を見に行きたいんだ。最後の想い出に、連れて行ってくれ』
 渋る彼の理由を察知して『もうバレたって最後なんだから、折檻なんてどうにでも出来る』と伝えれば彼は腰を上げてくれました。
 彼の家から少し行ったところに、とても大きな河川があります。当時はまだ柵が無く、水飛沫を感じる事も出来ました。
『荒れていますね』
 それが、彼の最後の声でした。

その結末で、僕はすべてを放り出す。
(結末はリンク先にて無料。ぜひ、見届けにいらしてください)

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