よしばな書くもん1         「ほんとうはデラウェアが」

私の見た目はちょっと特殊で、とにかく細くて背がひょろひょろ高い。ティム・バートンの映画に出てくるお人形みたいな感じというとよく伝わるのではないだろうか。
目はまん丸で大きく、上も下もまつ毛がびっしり。いつもびっくりしているみたいに見えるねとよく人に言われる。口は大きい。胸はあまりない。筋肉質の体だ。おしりはわりとしっかりしている。
ファッション誌のモデルのバイトはたくさんしたけれど、直そうとしても直らない猫背のせいで、ランウェイを歩くようなモデルにはなれなかった。
姿勢さえよければねえ、と仕事で会う人みんなに言われた。

私の生家は父が経営していた保育園の敷地の真隣にあった。そのふたつの建物は同じ庭でつながっていたので、あまり区別はなかった。
経営のかたわら教育についての本を書いていた父は、常に資金集めのための講演に飛び回っていた。母はいつもエプロンをしてひたすら働いていた。母のエプロンの下の服がどんなだったか記憶にないほどだ。
昼はずっと保育士さんたちが出入りしていたし、庭には子どもたちがあふれていたし、私も大きくなってからはずっと母の手助けや縫い物や調理の手伝いをしていた。家族だけでゆっくり過ごす時間は平均したら一日に十分もなかったと思う。
朝ごはんは園のおすそわけ、晩ごはんはいろいろあって家でごはんを食べられない子どもたち(そういう子を家族の一員のように延長保育している、自由でゆるい昭和っぽい保育園だったし、そこが私の地元、下町っぽい三軒茶屋での人気の秘訣だった)といつもいっしょだった。
もちろん淋しかったし(実を言うとそれはすごくはしょった言い方で、そんなひとことでは言えないくらいに、私はずっと複雑な気持ちだった。嫉妬というかんたんな言葉では説明できない。むしろ絶望とかあきらめに属する感情だった)親を独り占めしたかったけれど、その中でひとりっ子の私は園長先生のたったひとりだけのほんものの子、だれよりも幸せな子という立場だったので、謙虚でなくてはいけないということだけはひしひしと感じていた。
だから私は無口な子どもとして育った。無口な人の特徴として心の中は饒舌、というのがあると思うのだが、私は心の中も比較的無口なほうだと自分では思っている。
とにかくアグレッシブなところが少ない、受け身の性格だ。この大きな目でただ、じっと見ている。見ていて、納得いったことを静かにする。どんなに動揺しても顔には出さない。それしかない。そういうふうだ。

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