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痙直型脳性麻痺: 筋機能に焦点を当てた歩行能力向上の新戦略

 痙直型脳性麻痺を持つ子どもたちの可能性を最大限に引き出すことは、小児理学療法士としての私たちの使命です。この記事では、最新の研究に基づいた筋機能改善の手法や、効率的で負担の少ない歩行の実現のためのプログラムを紹介します。実践的なアプローチを通じて、子どもたちがより自立した歩行を達成できるよう支援する方法を探ります。脳性麻痺のお子さんに対してどんな運動療法を行えばよいかわからないという方必見。あなたの専門知識を深め、子どもと御家族の信頼をより一層築き上げるこの機会をお見逃しなく。


1.痙直型脳性麻痺とは

痙直型脳性麻痺の概要

 脳性麻痺は、乳幼児期に発達過程にある脳に生じた非進行性の病変に起因する運動と姿勢の発達に永続的な異常を示す症候群です。脳性麻痺の中でも特に痙直型脳性麻痺は最も一般的です。痙直型脳性麻痺は主に錐体路の損傷に伴う痙性麻痺が特徴であり、四肢麻痺、両麻痺、片麻痺などさまざまな形態があります。痙直型脳性麻痺の子どもたちは痙縮や、筋緊張の増加、選択的運動制御の障害、バランス障害などの一次的障害により、筋短縮や、筋力の弱さ、関節可動域の減少などの二次的障害が引き起こされます。これらの一次的および二次的障害は歩容や歩行能力に影響を与えます。

歩行に関連する主な症状

筋力の弱さと選択的運動制御の障害
 
痙直型脳性麻痺者は筋力が不足しているために適切なアライメントの維持やスムーズな重心移動が困難になります。また、選択的運動制御障害とは、特定の筋群を独立して動かすことが困難になる状態で、細かい動作や正確な運動が要求されるタスクの実行が難しくなります。

関節可動域制限と痙縮
 
痙直型脳性麻痺者は関節の可動域が制限されるため、運動の範囲が狭まり、動作のスムーズさが損なわれます。また、痙縮とは、筋が意図せずに緊張し続ける状態を指し、これが運動の際に非効率な動きを引き起こします。

バランス障害
 
バランスを維持する能力の低下は、立位や歩行時の安定性を損ない、転倒のリスクを高めます。これは日常生活において大きな制約となるだけでなく、不安定さから筋緊張が高まり動作時の筋機能にも影響を与えます。

2. 痙直型両麻痺者の筋機能の特徴

筋の伸張性の低さ

 痙直型両麻痺者は痙縮や筋の過緊張状態などの筋収縮の影響による制限と筋線維や筋膜の短縮、関節周囲軟部組織の伸長性低下などの拘縮の発生による制限のために関節可動域が低下しています。

 十分な関節可動域は、効率的で負担の小さい動作のために非常に重要です。筋が適切に伸びることで、関節はより大きな範囲で動くことができ、これにより歩行時のエネルギー効率が良くなります。筋の伸張性が低いと、筋や関節に過度の負荷がかかり、疲労や怪我のリスクが高まります。例えば、歩行時に腸腰筋の伸張性が低い場合、立脚側の下肢を大きく後方に動かすことができずに歩幅が狭まり歩行効率が悪くなるだけでなく、これをかばうように骨盤が前傾して腰椎の前弯が強まることで腰椎の負担が増え怪我のリスクが高まります。また、ハムストリングスの伸張性が低い場合、遊脚側の下肢を前方に大きく伸ばすことができずに歩幅が狭まり歩行効率が悪くなるだけでなく、立脚期に膝が過度に曲がることで膝関節の負担が増え怪我のリスクが高まります。加えて、腓腹筋の伸張性が低い場合、立脚期で下腿が前傾することができずに歩幅が狭まり歩行効率が悪くなるだけでなく、つま先歩きや膝が過度に伸びて腰が引けた歩き方に繋がることで足部や膝関節、腰椎の負担が増え怪我のリスクが高まります。したがって、筋の伸張性を高めることは、動作の質を向上させ、怪我を防ぐ上で重要です。

筋力の弱さ

 痙直型両麻痺者は筋の構造レベルでの変化によって筋力が弱いです。筋の構造レベルでの変化とは、筋腹サイズの減少と、筋線維の直径の小ささ、過度に伸ばされたサルコメア(筋力を産生する単位)です。筋腹とは筋の中心部分を指し、筋力の発生源となります。筋腹サイズの減少は、筋全体の質量や体積が減少することを意味し、結果として筋力の弱さにつながります。筋のサイズが大きいほど、より多くの筋線維が力を発生させることができ、これにより全体としての筋力が増加します。逆に、筋腹サイズが減少すると、筋力を産生するための筋線維の数が減少し、筋力の弱さが生じます。筋線維は筋を構成する基本的な単位であり、筋線維の直径は力産生能力と密接に関連しています。筋線維の直径が小さいと、個々の筋線維が発生できる力が減少し、これが積み重なって全体としての筋力の弱さにつながります。サルコメアは筋の収縮単位であり、筋線維内に連なる構造です。サルコメアの長さは、力産生能力に影響を与え、サルコメアが適切な長さ(至適長)であるときに最大の力を発生できます。過度に伸ばされたサルコメアは、アクチンとミオシン(筋収縮に必要なタンパク質)の重なりが減少し、筋収縮時に発生する力が低下します。これにより筋力の弱さが生じます。筋腹サイズの減少と筋線維の直径の小ささは、筋の物理的な質量の減少を示し、過度に伸ばされたサルコメアは筋収縮メカニズムの効率の低下を示します。これらの3つの要因が組み合わさることで、全体としての筋力の低下につながります。

 筋力は、効率的で負担の小さい動作のために非常に重要です。筋力が適切に発揮されることで、関節は安定性を保つことができ、これにより歩行時のエネルギー効率が良くなります。筋力が弱いと骨や関節に過度の負荷がかかり、疲労や怪我のリスクが高まります。例えば、中殿筋の筋力が弱い場合、立脚期で骨盤や体幹のアライメントを維持することができずに左右への動きが大きくなり歩行効率が悪くなるだけでなく、腰椎の動きが大きくなることで腰椎の負担が増え怪我のリスクが高まります。また、大腿四頭筋の筋力が弱い場合、荷重応答期で膝関節軽度屈曲位を維持することができずに膝関節が過度に伸びたり曲がったりするような歩き方に繋がることで膝関節の負担が増え怪我のリスクが高まります。加えて、下腿三頭筋の筋力が弱い場合、立脚期で下腿の前傾を制動することができずに膝関節が過度に曲がった歩き方に繋がることで効率が悪くなるだけでなく、膝関節を屈曲する力が過度に加わることで膝関節の負担が増え怪我のリスクが高まります。したがって、筋力を高めることは、動作の質を向上させ、怪我を防ぐ上で重要です。

筋収縮・弛緩の遅さ:OKCとCKCにおける筋活動の共通点

 痙直型両麻痺者の筋収縮・弛緩の速度が遅いことは、OKC(単関節運動時のトルク生成の研究)とCKC(立位における随意運動時の姿勢制御の研究)の両方において示されています。随意運動時のトルクを検証した研究では、痙直型両麻痺児は健常児と比べてトルクの最大値が小さいことに加えて、トルクを急速に増減させる能力も低下していることが報告されました(図1)。痙直型脳性麻痺者は随意運動時に筋を急速に収縮・弛緩させることが難しいだけでなく、姿勢外乱に先行する下腿の姿勢筋活動の開始時間が遅い傾向にあることも示されています(図2)。健常児の場合、立位で重りを持ち上げた際に生じる前方へのバランスの乱れを抑えるために、重りを持ち上げる主動作筋である三角筋の活動よりも早く体の後面にある脊柱起立筋と、ハムストリング、腓腹筋の姿勢筋が活動します。その一方で痙直型両麻痺児の場合は、脊柱起立筋とハムストリングは三角筋よりも早く活動しますが、腓腹筋の筋活動は三角筋の活動よりも遅れます。また、立位で手に持っていた重りを手放す際には、健常児の場合、重りを保持するために働いている脊柱起立筋、ハムストリング、腓腹筋の活動を、重りを手放す直前に急激に減少させることで後方へのバランスの乱れを抑えています。その一方で痙直型両麻痺児の場合には、脊柱起立筋の活動は重りを手放すよりも前に減少しますが、ハムストリングと腓腹筋の活動は減少しません。すなわち、痙直型両麻痺者の筋収縮・弛緩の遅さは様々な動作に影響する可能性があります。



 筋収縮と弛緩の速さは、効率的で負担の小さい動作のために非常に重要です。筋の収縮と弛緩が素早く行われることで、関節は円滑に動くことができ、これにより歩行時のエネルギー効率が良くなります。効率的な歩行において、初期接地から荷重応答期には足関節の受動的で速度の速い底屈運動を足関節背屈筋群の遠心性収縮で制動することが求められ、その直後に立脚中期で適切なセカンドロッカーを実現するために速度の速い下腿の前傾運動を足関節底屈筋群の遠心性収縮で制動することが求められます。そして、プッシュオフでの足関節の急速且つ力強い底屈運動の直後に遊脚期での足部クリアランス確保のための急速な背屈運動が必要となります。筋を急速に収縮・弛緩させることの困難さはこれらの運動を適切に行うことを難しくする一因となり得ます。したがって、筋収縮と弛緩の速さを高めることは、動作の質を向上させる上で重要です。

3. 歩行に関連する筋機能の改善へ向けて

 歩行に関連する筋機能の改善には、筋の伸張性の向上と、筋力トレーニング、筋収縮速度のトレーニング、立位バランス練習、歩行練習が重要です。これらのアプローチは、歩行の質を高め、より効率的で安定した歩行を実現するために役立ちます。

筋の伸張性の向上:活動量の向上と定期的なストレッチング

 長時間の不動は筋の短縮を引き起こし、筋の伸張性を低下させます。これにより、関節の可動域が制限され、歩行パターンに悪影響を及ぼす可能性があります。日常的な活動量を高めることと、定期的なストレッチングは、筋の柔軟性を高め、関節の可動域を広げることで、これらの問題を軽減します。

筋力トレーニング:漸進性過負荷の原則と特異性の原則

 筋力トレーニングにおいては、漸進性過負荷の原則に従って徐々に負荷を増やすことで筋力が効果的に強化されます。また、特異性の原則に基づき、歩行に関連する特定の筋群をターゲットにしたトレーニングが効果的です。これにより、歩行時に必要な筋力が向上します。

筋収縮速度のトレーニング:Velocity Based Training (VBT)

 VBTは、筋収縮速度を重視したトレーニング方法で、特に爆発的な力を必要とする動作の改善に役立ちます。歩行においては、足関節底屈筋群による力強いプッシュオフや、股関節屈曲筋群による素早い下肢の振り出しが重要であり、VBTはこれらの動作の効率を高めることができます。

バランス練習:姿勢筋活動パターンの変化

 バランス練習は、姿勢を保持するために必要な筋群、特に体幹や下肢の筋群の活動パターンを改善します。これにより、歩行時の安定性が向上します。安定性の向上により、拮抗筋の共同収縮の影響を減少させることができます。このことも歩行などのバランスを求められるような動作時の素早く力強い筋収縮に繋がります。

歩行練習:繰り返しのない繰り返し

 歩行練習では、同じ動作を繰り返し行うことで、歩行パターンを神経筋系に定着させます。しかし、単調な繰り返しではなく、環境や課題を変えることで、より自然で適応的な歩行能力を養います。これにより、様々な状況下での歩行の質が向上します。

 これらのアプローチを組み合わせることで、歩行の質の向上と、より安全で効率的な歩行が実現可能になります。

まとめ

 痙直型脳性麻痺は、運動と姿勢の発達に永続的な異常を引き起こす症候群です。主に脳の特定の部位の損傷により、筋の緊張が異常に高まる痙縮を特徴とします。この状態は歩行に大きな影響を与え、筋力の弱さ、選択的運動制御障害、関節可動域制限、そしてバランス障害などのさまざまな問題を引き起こします。これらの問題は歩行の効率を低下させ、怪我のリスクを高めます。
 歩行の質を向上させるためには、筋の伸張性を高め、筋力を強化し、筋収縮速度を速めることが重要です。これらの目的を達成するためには、定期的なストレッチングや、適切な筋力トレーニング、Velocity Based Training(VBT)を用いた筋収縮速度のトレーニング、立位バランス練習、多様な歩行練習が有効です。これらの練習を通じて、筋機能を改善し、バランス能力を高め、よりスムーズで効率的な歩行を実現することが可能になります。
 痙直型脳性麻痺を持つ子どもたちのリハビリテーションにおいては、これらのアプローチを個々のニーズに合わせて組み合わせ、適切に実施することが重要です。家族や支援者との密接な連携を保ちながら、子どもたち一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、より良い歩行能力と生活の質の向上を目指すことが大切です。

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