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脳性麻痺児の歩行能力改善への道:環境への適応力を向上させる運動療法

 理学療法士の皆さん、脳性麻痺児の歩行能力向上に関する新たな視点をお探しですか?この記事では、歩行能力向上のための実践的な考え方を解説します。この記事を読むことで、より効果的な治療計画を立てることが可能になり、脳性麻痺児とその家族に新たな希望を提供することができます。


1. 脳性麻痺児の歩行に対する理学療法

1.1. 脳性麻痺児における歩行障害の概要

 脳性麻痺(CP: Cerebral Palsy)とは、発達期の脳の損傷によって引き起こされる、永続的な運動機能や姿勢の障害を指します。この障害は、子どもの成長に伴い様々な形で表れ、特に歩行能力に大きな影響を与えることがあります。発達期の脳の損傷により、筋力の弱さや、協調運動障害、筋緊張の異常(過緊張または低緊張)などが引き起こされます。例えば、筋の過緊張を持つ脳性麻痺児は、歩行時に下肢をスムーズに動かすことが困難になります。また、筋の低緊張を持つ子どもは、筋によって体を十分に支えられず、立つことや歩くことが難しい場合があります。さらに、筋の過緊張と低緊張の幅が広く、不随意運動を伴う脳性麻痺児は、歩行中に予期しない動きが生じ、バランスを崩しやすくなります。

1.2. 理学療法の目的

 理学療法の主な目的は、QOL(生活の質)の向上です。そのために、身体機能の改善や、基本的動作能力の向上、社会参加の促進を目指します。脳性麻痺児に対しては、筋力の向上、運動をコントロールする力の向上、筋緊張の調整、関節の可動域の拡大、バランス能力の改善、日常生活場面での適応力の向上などが重要な焦点となります。基本的動作能力に注目した場合、特に歩行能力の障害が日常生活の多くの側面に影響を与えるため、この問題の正確な理解と評価が極めて重要です。

2. 歩行の評価方法

 歩行障害の背景には、筋力の不足、運動をコントロールする力の障害、筋緊張の異常、歩行能力の問題、日常生活での歩行の実行状況の問題、参加の制約など、様々な要因があります。これらの要因を正確に理解し、評価することで、個々のニーズに合わせた適切な治療計画を立てることができます。例えば、ある脳性麻痺児が過度に膝が曲がった歩き方を示す場合、その原因は足関節底屈筋群の筋力不足にあるかもしれません。この場合、足関節底屈筋群を強化する運動が役立つでしょう。また、別の子どもが歩行中に転倒しやすい場合は、バランス能力を高める訓練が必要かもしれません。これらの訓練は、具体的な評価に基づいて個別に計画されます。正確な評価を行うことで、最も効果的な介入方法を特定し、子どもたちの歩行能力を向上させることができます。これにより、子どもたちの自立性を高め、日常生活の質を改善することにつながります。

2.1. 参加の評価

 参加の評価は、子どもの関係するコミュニティへの参加に歩行能力がどれだけ影響しているかを把握することを目的としています。歩行能力は、子どもたちが日常生活の様々な場面で自立して参加するための基本的なスキルです。良好な歩行能力を持つことで、子どもたちは学校での移動、友達との遊び、家庭内での活動など、多くの場面でよりアクティブに参加することができます。歩行能力が制限されると、子どもたちは社会参加の機会が減少し、孤立感や自己効力感の低下につながる可能性があります。例えば、歩行に困難を抱える子どもがいた場合、学校の休み時間における友達との遊びや、体育の授業に積極的に参加できないかもしれません。しかし、歩行能力を向上させる介入や、歩行補助具の使用により、その子どもは友達と一緒に活動する機会が増え、社会的な交流が改善する可能性があります。したがって、リハビリテーションの目標は、単に歩行能力を向上させることだけでなく、子どもたちが日常生活でより積極的に参加できるようにすることにも焦点を当てるべきです。
 脳性麻痺児の歩行に関する参加の評価としては、本人及び関係者への聞き取り調査や、歩数計による歩数測定、PEM-CYなどがあります。

2.2. 日常生活での実行状況の評価

 日常生活での実行状況の評価は子どもたちが実際の生活環境でどのように歩いているかを理解することを目的としています。この評価を行う主な理由は、治療場面でのパフォーマンスが日常生活で直面する様々な状況を完全には反映しない可能性があるためです。日常生活では、多様な環境や同時にこなす必要のある様々な課題が存在し、これらが歩行能力に影響を及ぼします。例えば、ある子どもがリハビリ室内の安全な環境では問題なく歩行できたとしても、学校の廊下や運動場、自宅の庭など、異なる環境では歩行に困難を示すかもしれません。また、荷物を持ちながら歩く、階段を上る、人混みの中を歩くなど、特定の課題が歩行に影響を与える場合もあります。したがって、実際の生活環境での歩行を評価することで、子どもの自立に繋がるより実用的な介入計画を立てることが可能になります。
 脳性麻痺児の歩行に関する日常生活での実行状況の評価には、Functional Mobility Scale(FMS)やFunctional Assessment Questionnaire(FAQ)などがあります。

2.3. 能力の評価

 能力の評価は、子どもが特定の状況下で実行できる活動の範囲を明らかにすることを目的としています。この評価を行う主な理由は、潜在的な歩行能力を明らかにすることで、目標設定が具体的且つ効果的になる可能性があるためです。例えば、リハビリの場面で周りに人がいない中でゆっくりであれば少し歩ける子どもの場合、その子どもの歩行速度を評価することで、10mの平坦な歩行路を30秒かけて歩く能力があることがわかります。この情報を基に、歩行能力を向上させる上での目標が「10mを25秒で歩けるようになること」というように能力に見合った具体的なものになります。目標が具体的であることは、目標達成の確率を高める上で重要です。
 脳性麻痺児の歩行に関する能力の評価には、歩行速度の測定や、6分間歩行テスト、Timed Up and Go Test(TUG)テスト、動的歩行指標(Dynamic Gait Index: DGI)などがあります。

2.4. 機能障害の評価

 機能障害の評価は、歩行能力に影響を及ぼしている機能障害を特定することを目的としています。この評価を行う主な理由は、子どもが持つ筋力や、柔軟性、運動の協調性などの身体的特性を正確に把握することが、適切な支援プログラムを計画する上で重要な基盤となるためです。例えば、歩行時に転倒する頻度が高いという問題を抱えている子どもの場合、その子どもの機能障害の評価を通じて、その原因が下肢の筋力不足と足関節の可動域制限にあることが特定されたとします。特に大腿四頭筋と下腿三頭筋の筋力の弱さと、腓腹筋の柔軟性が低さが、歩行時の安定性に影響を及ぼしており、転倒のリスクを高めていることがわかりました。これらの情報に基づき、下肢の筋力トレーニングと、足関節可動域を拡大するストレッチングなどの介入プログラムを計画しました。このプログラムの実施により、子どもの歩行の安定性が徐々に改善し、転倒する頻度が減少した場合、これは機能障害の評価が適切なリハビリテーションプログラムの計画においていかに重要であるかを示す例と言えます。
 脳性麻痺児の歩行に関する機能障害の評価には、歩行パターンの評価や、筋力評価、選択的運動制御の評価、関節可動域測定、痙縮評価、平衡反応の評価などがあります。

3. 歩行の治療アプローチ

 歩行の治療アプローチは、脳性麻痺児のリハビリテーションにおける核心的な部分をなします。まずは、実用的な歩行の3要件について説明し、その後、機能障害レベルでの介入と、能力レベルでの介入、日常生活での実行状況レベルでの介入、参加レベルでの介入に焦点を当てて説明します。

3.1. 実用的な歩行の3要件

 実用的な歩行には、「身体の前進」「姿勢保持」「環境への適応」という3つの基本的な要件があります。これらは脳性麻痺児の歩行能力を向上させるためのリハビリテーションにおいて、重要な焦点となります。

身体の前進
 身体の前進は、効率的な歩行のために重要です。これには、適切な筋力と協調的な筋活動が必要となります。 身体の前進を妨げる主な機能障害には足関節底屈筋力と股関節屈曲筋力の低下や股関節屈曲筋群と足関節底屈筋群の短縮があります。前者は立脚終期での強力な蹴り出しとそれに続く下肢の強力な振り出しを制限し、後者は立脚側下肢の上を身体が前進することを制限します。

姿勢保持
 姿勢保持は、安定した歩行を行うために重要です。これには、体幹や下肢の筋が適切に機能する必要があります。姿勢制御を妨げる主な機能障害には股関節と膝関節の伸展筋群、足関節底屈筋群の筋力低下や、股関節外転筋の筋力低下があります。前者は立脚側下肢の支持性を制限し、後者は股関節の内外側方向の安定性を制限します。

環境への適応
 環境への適応は、様々な地形や障害物に対応できることを意味します。これは、歩行の安全性と自立性を高めるために重要です。 不規則な地面を歩くことが難しい子どもには、さまざまな地形での歩行訓練が実施されることがあります。これにより、歩行時の適応能力が向上します。
 
 実用的な歩行の3要件は、脳性麻痺児のリハビリテーションにおいて極めて重要です。これらの要件に焦点を当てることで、子どもたちはより効率的で安全な歩行能力を身につけることができます。

3.2. 機能障害レベルでの介入

 機能障害レベルでの介入は、脳性麻痺児のリハビリテーションプログラムにおいて、筋力の強化、選択的運動制御の向上、および筋の柔軟性の増加を目的とした治療手法です。これらの介入では、主に身体の前進と姿勢保持の要件を満たすことを目指しています。

筋力トレーニング
 筋力トレーニングは、筋の強度と耐久性を高めることに焦点を当てた介入です。これにより、歩行や他の日常活動の際に必要なサポートが提供されます。下肢の筋力が不足している子どもに、下肢を強化するための運動が推奨されます。例えば、スクワットやランジ、カーフレイズ、段差昇降などの運動が、筋力を増加させるのに役立ちます。

選択的運動制御のトレーニング
 選択的運動制御のトレーニングは、特定の身体部位を正確に動かす能力を向上させることを目的としています。これにより、より精密な動作や効率的な歩行が可能になります。下肢の選択的運動制御に問題がある子どもには、下肢の正確な動きが求められる運動が推奨されます。例えば、膝伸展位を保持したまま行う足関節底背屈運動や、足部での目標物へのリーチ練習などが選択的運動制御能を向上させるのに役立ちます。

筋の柔軟性を高めるアプローチ
 筋の柔軟性を高めるアプローチは、関節の可動域を拡大し、筋緊張を減少させることを目的としています。これにより、動作の範囲が拡大し、歩行時の快適さが向上します。 筋の柔軟性が不足している脳性麻痺児には、ストレッチやリラクゼーションテクニックが推奨されます。

3.3. 能力レベルでの介入

 能力レベルでの介入は、脳性麻痺児の歩行能力を向上させるために、具体的な動作の練習に焦点を当てたリハビリテーションアプローチです。このアプローチは、部分練習と全体練習の二つの主要なカテゴリに分かれます。

部分練習と全体練習
 部分練習は、特定の動作や技術に焦点を当てた練習を指し、全体練習は、複数の動作を統合して行う練習です。この二つを組み合わせることで、効果的なリハビリテーションが実現されます。

部分練習としての身体の前進の練習 
 
前進のエネルギーは立脚終期における腓腹筋による蹴り出しと、その後の遊脚初期における股関節屈曲筋群による下肢の引き上げによって生み出されます。したがって、身体の前進を促進するための部分練習は、特にこれらの筋群の力強く協調的な運動が含まれた運動に焦点を当てます。例えば、立脚終期の蹴り出しのための股関節の伸展と足関節底屈の協調運動に焦点を当てたステップ練習や、遊脚初期の下肢の引き上げのための膝を高く上げる練習などが有効です。

部分練習としての姿勢保持の練習
 姿勢保持のためにはHAT(頭部ー腕ー体幹)のアライメント改善と、立脚下肢の支持性の改善、初期接地における足部の位置決め、単脚支持期と両脚支持期におけるバランスの改善などが重要です。したがって、姿勢保持の練習は、これらの要素が含まれた運動に焦点を当てます。例えば、介助や補装具、目印などを用いたHATの直立アライメントの学習や、介助や装具で膝折れを防止しつつ立脚下肢の上で体幹を前進させる練習、立脚下肢への荷重を段階的に増やすための段差へのステップ練習、立脚期の膝過伸展を改善させるための大腿四頭筋の遠心性制御を伴うステップ練習、遊脚終期の股関節屈曲+膝関節伸展+足関節背屈の介助による促通、歩幅と足部の位置決め改善のための床に置いた輪っかや格子模様を使用したステップ練習、単脚支持期と両脚支持期でのバランス改善のための重心移動の制御練習などが有効です。

歩行の全体練習
 歩行の全体練習では、実際の歩行パターンを改善させ、一定の速度で安定した歩行を維持する能力を向上させることに焦点を当てています。したがって、歩行の全体練習ではこれらの要素が含まれた運動に焦点を当てます。例えば、床上での歩行練習やトレッドミルを使用した歩行練習、ロボットを使用した歩行練習などがこれにあたります。

3.4. 実況状況レベルでの介入

 実行状況レベルでの介入の目的は、家庭や地域環境に適応する歩行を学習することです。このために運動療法には積極的な参加を促すような楽しさとやりがい、適切で漸増的な難易度設定が含まれている必要があります。その上で、適応すべき環境の要素を押さえた運動療法を行うことが重要です。

適応すべき環境の8要素
 歩行において適応すべき環境の要素は以下の8つです。

1. 距離への適応
目標:歩行距離の延長(地域での歩行の目標は370m)
練習方法:歩行距離を徐々に伸ばしながら長距離歩行を練習する。

2. 速度への適応
目標:歩行速度の向上(快適歩行で0.45/秒、早歩きで0.8m/秒)、安全に速度を変える能力の向上
練習方法:歩行速度を徐々に上げながら歩行練習をする。減速と加速を練習する。

3. 明るさへの適応
目標:明るさの異なる状況下で安全に歩く能力の向上
練習方法:明るさの異なる状況下での歩行を練習する。

4. 地形への適応
目標:地形の特性が異なる状況下で安全に歩く能力の向上
練習方法:でこぼこ道や縁石、斜面での歩行練習や階段昇降を練習する。

5. 重さへの適応
目標:物を運んだり、押したり、引いたりしながら安全に歩く能力の向上
練習方法:様々な重さや形の物を持ったり、押したり、引いたりしつつ歩く練習。

6. 姿勢変化への適応
目標:姿勢を変化させても安全に歩く能力の向上
練習方法:立位での様々な方向へのリーチやステップ、下肢の持ち上げを行う練習。様々な姿勢変化を取り入れた歩行を練習する(頭部回旋、一時停止や方向転換、側方歩行や後方歩行、様々な歩隔や歩幅、座位から立ち上がって歩行など)。予測できない姿勢外乱が加わる状況での歩行練習(トレッドミルの速度変化、ゴムチューブや徒手による外乱)。

7. 注意要求の変化への適応
目標:認知課題や騒音で気が散る環境や新しい環境で安全に歩く能力の向上
練習方法:認知課題を行いながら歩く練習。騒音のある環境や人混みなどでの歩行練習。家族に向かって歩く練習や家族から離れて歩く練習。

8. 障害物への適応
目標:障害物との接触を避けて安全に歩く能力の向上
練習方法:様々な大きさの障害物を越えたり、回って避けたり、くぐったりする歩行練習。    

実生活での歩行練習
 
家庭や地域環境、それらに類似した環境での歩行練習は、子どもたちが日常生活で直面する具体的な状況に対処できるようにすることを目的としています。この練習は、日常生活に近い環境での実践を通じて行われます。子どもが学校までの道のりを歩くことに苦労している場合、その特定のルートでの歩行練習が行われるかもしれません。これにより、子どもは安全に学校へと歩いていく自信をつけることができます。

3.5. 参加レベルでの介入

 参加レベルでの介入は、子どもたちが自分たちのコミュニティでよりアクティブになることを目的としています。これには、社会的な活動への参加や、友人との遊びなどが含まれます。例えば、地域の公園で友人と遊ぶことが難しい子どもには、公園での遊び方や友人との関わりにも焦点を当てた介入が提供されるかもしれません。これにより、子どもは社会的なスキルを向上させ、コミュニティでの参加を高めることができます。このことは結果的に能力や心身機能にも良い影響を与えることになります。

まとめ

 脳性麻痺(CP: Cerebral Palsy)は、発達期に脳の損傷を受けたことによって生じる永続的な運動機能や姿勢の障害であり、特に歩行能力に大きく影響を及ぼします。筋力の弱さ、選択的運動制御障害、筋緊張の異常などが歩行時のスムーズな動きを妨げ、日常生活や社会参加に障害をもたらします。

 理学療法の目的は、脳性麻痺児の生活の質を向上させることです。これには、筋力の向上、運動のコントロール力の向上、筋緊張の調整、関節の可動域の拡大、バランス能力の改善などが含まれます。歩行能力の向上は、社会参加や自立した日常生活を送る上で特に重要です。

 歩行の評価では、筋力不足、運動制御の障害、筋緊張の異常など、様々な要因を正確に把握することが求められます。これにより、個々のニーズに合わせた適切な治療計画を立てることができます。また、参加の評価を通じて、子どもが社会の中でどのように活動しているか、そして歩行能力がその参加にどのように影響しているかを理解することが重要です。良好な歩行能力は、学校での移動、友達との遊び、家庭内での活動など、子どもたちがよりアクティブに参加するための基盤となります。

 治療アプローチには、実用的な歩行の3要件である「身体の前進」「姿勢保持」「環境への適応」が重要です。機能障害レベルでの介入では、筋力トレーニングや選択的運動制御のトレーニングなどが行われます。能力レベルでの介入では、部分練習によって特定の動作を改善し、全体練習によって実際の歩行パターンを改善します。実行状況レベルでの介入では、日常生活における具体的な状況に適応するための練習が重視されます。最終的に、参加レベルでの介入を通じて、子どもたちが社会の中でよりアクティブになることを目指します。

 このように、脳性麻痺児の歩行能力を向上させるための理学療法は、複数のレベルでの評価と介入を要する包括的なアプローチを必要とします。各段階での適切な評価と介入を通じて、子どもたちはより良い社会参加と自立した日常生活を送ることが可能になります。


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