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さだまさし 原点 への旅 を観て

先日テレビ東京系で放映されていたさだまさしさんの特集番組。

録画していたのを忘れていました。
自分で一回、そして妻とも見ました。

いやー、良かったです。
ナレーターの岩崎宏美さんも良かった。

防人の歌の製作過程、イカロスの翼のロケ先で最初のフレーズを書いた話、山本直純さんとのやり取りはスゴイと思いました。
歌を聴いて映画にそれを流すシーンを設けたと言うのも驚き。

高校生の時、観に行った映画館でこの歌が流れるシーンは確かに衝撃的でした。

それから、若い頃のバッシング下での山本健吉氏との出会いの話。

精霊流し 無縁坂 雨宿り 関白宣言 防人の詩

全部20代で作られた歌なんですよね・・。防人の詩については、妻が

「さださんの曲は、いわばキャッチーだから頭に残るんだよね・・だから色々と叩く人もいるのかな」

と言ってました。
 当時は今みたいにネットがないから、叩いていた人達は雑誌、ワイドショーなどのマスコミ関係者でしょうか。

20代で成功を収めた若者に対するやっかみもあったんでしょうね。

でも、そこで絶望していたさださんに、文壇の大家である山本氏が

「あの歌はいいね。俺が昭和史に残す。」

と言ってくれたのは、力強い支えになっただろうなと思います。
さださんは、文豪井伏鱒二氏との親交も深かったですし、こうした大物に好かれてますよね。

山本健吉氏の文も読んでみたいと思いました。

山本氏がさださんを賞賛するキーワードとして出てきた挽歌と言う言葉。
亡くなられた方に贈る歌、と言う事で番組では昨年のアルバムで発表した、
ひと粒の麦が取り上げられていました。
中村哲医師に贈られた歌。良い曲です。
そういえば、二百三高地のサントラアルバムのタイトルも挽歌というタイトル
だったのを思いだしました。実家にはまだあるかな・・LPレコード

後半は、山本健吉氏の最初の妻であった俳人 石橋秀野さんの話。
若くして結核で亡くなられた才ある俳人の絶句。

蝉時雨 子は搬送車に追いつけず

これにまつわる彼女のエピソードは見ていてホントすごみを感じました。

9月 コンサートがホント楽しみです。



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