医師 本を書きたい

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  • 骸 ー医師だった男の記憶ー

    忘れないために。

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骸:第1話 食堂 ー指ー

明け方、落ちているたくさんのゴミを避けながら店に向かう。 店の外で言葉の通じない店員に右手の示指と環指を立てて「卵2つ」の合図をして店に入る。 店の中は全く聞き取ることのできない言葉が交わされている。 道路に面した小さなテーブルを選び、青い小さなプラスチックの椅子に座る。 膝くらいの高さのテーブルには箸、金属製の蓮華、数種類の調味料、ペーパータオルが置かれている。 座ってからまずペーパータオルで使う蓮華を拭く。 そして、財布くらいしか入っていない斜め掛けのショルダーバックから

    • 骸:第15話 5年前 2週目 続 ー心臓ー

      女性は軽自動車を運転していた。 下り坂から十字路に入った。 そこには停止線はなかった。 右方から来た乗用車と衝突した。 乗用車側には停止線があった。 軽自動車はあまりスピードはでていなかったのに対し、乗用車は60km程度のスピードがでていたようだった。 軽自動車は大破していた。 女性はシートベルトを装着していたため車外には放出されていなかったが、フロントガラスには女性がぶつかったような痕跡があったとのことだった。 救急隊が到着した際、女性の意識はまだあった。救急隊員に「お腹の

      • 骸:第14話 5年前 2週目 ー心臓ー 

        リーダー業務は定期的に回ってくる。 20歳の女性がマンションから転落して亡くなった翌週もリーダー業務が当たっていた。 夜勤は自身を含め3人だった。 3年目の後期研修医と1年目の初期研修医。 いつものように勤務前に胃液をトイレに流してから勤務に当たった。 21時頃 救急隊からの連絡が入った。 32歳 女性 交通外傷の搬送依頼だった。 女性の意識はない、そして 女性は妊娠中との情報だった。 明らかな重症であり、他の2人の若い医師では対応が難しいと思われた。 だからと言って、対

        • 骸:第13話 5年前 1週目 ー心臓ー

          小児科医から救急医になった。 小児科だけをしているより、多くのことをできるようになり何かの役に立てるのではないかと考えたからだ。 東日本大震災のことも影響していた。 勤務した病院の救急科は軽傷〜重症まで全てに対応する救命救急センターを担っていた。 救急車の対応も多く、多い時には日中も夜間も20台ずつ搬送されてくるようなところだった。 夜間は救急車ではなく受診する方も多かった。 日中はリーダーの医師の他に4〜5人の医師が業務に当たった。 夜間はリーダーの医師の他2〜3人の医師

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        骸:第1話 食堂 ー指ー

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        • 骸 ー医師だった男の記憶ー
          14本

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          骸:第12話 9年前/後日 ー脳ー

          翌日、搬送先の病院へ電話をした。 女の子の状態を確認するために。 搬送先の病院でも集中治療室に入院していた。 そこで対応している医師が電話に出た。 「改善はありません」とだけ答えてくれた。 それから3日後のちょうど仕事終わりに電話がかかってきた。 登録されていない見慣れない番号からだった。 その電話は女の子を搬送した病院の医師で、搬送翌日に電話で話した医師の上司だった。 その方は女の子が亡くなったことを伝えるため電話をしてくれた。 電話の向こうでの医師の無念さを感じた。

          骸:第12話 9年前/後日 ー脳ー

          骸:第11話 9年前 ー脳ー

          2人の年配の医師と一緒に小児科医として勤務していた。 1人はおしゃべりで少しおせっかいな性格の医師で、もう1人は少しいい加減な医師、いい加減というより人と上手くコミュニケーションをとれない医師だった。 平日の17時以降と土曜日・日曜日・祝日は入院している子に何かがあった場合や、救急外来に小児科医の診察が必要な子が来た場合に担当する医師を決めていた。 そして、週末のために金曜日の午後には3人でミーティングを行い、注意が必要な子の情報などを共有していた。 寒い冬の日曜日だった

          骸:第11話 9年前 ー脳ー

          骸:第10話 11年前 ー頭髪ー

          医師にはオンコールと呼ばれる勤務がある。 時間外に救急の患者さんが来られ、対応にあたった医師からの相談や入院が必要になった場合などに電話を受けたり、病院へ行って対応したりする。 病棟の入院患者さんについては病院や診療科によって対応が異なる。 主治医制と呼ばれる1人の医師が常に電話を受ける体制、チーム制よ呼ばれる複数の医師が一緒に対応し夜は当番の医師が電話を受ける体制 などがある。 医師は診療科にもよるが、基本的にあまり遠くには行けない。 特にオンコールの日は電話を受けてから

          骸:第10話 11年前 ー頭髪ー

          骸:第9話 13年前 ー皮膚ー

          大規模な災害があると医師や看護師が災害地域へ派遣される。 DMAT(災害派遣医療チーム)が有名だが、それだけではない。 発災時には勤務先から800km程度、震源地付近からは950km程度離れたところにいた。 深く考えていたわけではないが、家を買おうかと思い候補の土地を見に行っていた。 土地を見終え、駅前の広場にいた。 駅の建物の大型ビジョンに地震の速報と津波への注意が映し出されていた。 時間の経過とともに変化していく様子がTVに映された。 3.11の同時多発テロの時にように

          骸:第9話 13年前 ー皮膚ー

          骸:第8話 15年前 ー足ー

          鳴るはずのない携帯電話が鳴った。 夜勤で勤務している看護師が話し始める。 要するに病院へ戻ってきてくださいという内容である。 講演会を一緒に拝聴している隣の上級医に内容を伝え、病院へ引き返す。 小児科医になって2日目。 と言っても、1日目はオリエンテーションで電子カルテの使い方などのレクチャーを受けただけなので、実質小児科医になった初日。 新しい病院で初めて病棟へ行き、同僚となる医師や看護師に挨拶をした。 ペアを組む上級医の患者さんを一緒に診察したり、薬の選び方などを教えて

          骸:第8話 15年前 ー足ー

          骸:第7話 17年前 ー右手ー

          2階のエレベーターホールの近くに自動販売機が並ぶスペースがある。 そのエレベーターホールは交通の要所になっている。 一般外来と病棟を結ぶ場所であり、手術室とを結ぶ場所でもあり、救急センターから病棟や手術室を結ぶ場所でもある。 そのスペースは3畳ほどで、入り口から向かって右側に炭酸飲料やお茶の並ぶ自動販売機とコーヒーなどの紙コップタイプの自動販売機がある。正面には乳酸菌飲料などが並んでいる自動販売機があり、向かって左側にはパンやお菓子の自動販売機がある。 右側の自動販売機と

          骸:第7話 17年前 ー右手ー

          骸:第6話 20年前 ー左手ー

          講義が終わると出口とは逆方向にある建物に向かう。 建物に入ってすぐ右側にあるエレベーターに乗る。 4のボタンを押す。 吹き抜けの空間の筋向いにある部屋に入る。 部屋にいる初老の男性とコーヒーを飲みながら話している女性に声をかける。 10分程度世間話をしてから、その女性は帰る準備をする。 コートを羽織って、首にマフラーを巻き、両手に手袋をはめる。 準備し終えると、初老の教授に挨拶をして共に部屋を出る。 エレベーターで1階へ降り、外へ出る。 講義室に缶詰になっている間に積もった

          骸:第6話 20年前 ー左手ー

          骸:第5話 22年前 ー胃ー

          医学部に入るまでの過程は分かっていた。 大学毎のランクや受験科目、過去問を参考にして勉強をすればよかった。 医学部に入ってからのことは何も知らなかった。 毎日8時〜17時まで講義が続き、何時に終わるか分からない実習があったりすることなどは入学してから知った。 そして、膨大な知識を詰め込む必要があることも。 明日は生理学の試験がある。 生理学とは、生体の機能とそのメカニズムを学ぶ分野らしい。 筋肉が動くにはどのようなミネラルがどう働いているのか など細胞や組織の機能・器官の

          骸:第5話 22年前 ー胃ー

          骸:第4話 24年前 ー口唇ー

          扶養義務のある男性と女性は医学部の進学を望んでいる。 医師家系ではなく、周囲に医師の知り合いもいない。 おそらく体裁のためであろう。 それぞれの勤務する学校で「子どもが医学部に受かった」という言葉を発したいだけであろう。 そんな医学部を目指すにあたり、1つ約束を交わした。 学費の都合上国公立ではあるが、日本全国どこの医学部でもいいと。 昨年のセンター試験は失敗した。 後から思うと、一番最初の英語の試験で名前を書き忘れた気がする。 そんなこともあり、医学部の受験は一気に難しく

          骸:第4話 24年前 ー口唇ー

          骸:第3話 29年前 ー鼻ー

          色のない世界、白黒の世界にいる。 深夜のテレビ画面のような白黒で、ただノイズが流れるだけの世界。 崩れた何かの欠片が眼前に塵の様に舞い、霞がかっているように思える。 色を失った空間で、笑顔をつくり、傀儡の様に意志の宿らない手足を動かしている。 その世界でも色づく時間がある。 初めは何のきっかけだったのか。 耳慣れないイントネーションでの会話が聞こえてきたからか、ちょっと目を惹く容姿のせいか、笑顔になった時に見ることのできるエクボと八重歯のせいか。 いずれにしても、何かのき

          骸:第3話 29年前 ー鼻ー

          骸:第2話 30年前 ー耳ー

          耳を疑った。 ただ、飛び交っていた言葉が耳に飛び込んできた。 「私はいらなかった」 「欲しくなかった」 「子どもは1人でよかった」 こう発せられた言葉の原因や理由は知らない。 扶養義務のある女性から発せられた言葉。 扶養義務のある男性の女性関係や金銭問題が原因かもしれないが、吐き出された言葉から推測するに2番目に出生した児の素行などが原因の可能性が高いか。 先に生まれていた女性と比べれば出来は良くはなく、素行も決してよかったと言えないが、それでも、シャワーの如く降り注いで

          骸:第2話 30年前 ー耳ー

          ある救急医の備忘録 カルテ6 / 再会

          いつもと変わらない夜。 いつもと同じように救急搬送依頼の電話が鳴る。 XX年YY月ZZ日 22時「65歳 男性 窒息の方の受け入れをお願いします」 「心肺停止です」 15分後に到着し、救急隊から申し送りを受けた。 近くのいくつかの医療機関に受け入れを打診したものの 「対応困難」などの理由で断られ、当院搬入までに 1時間近く要していた。 状況は厳しかった。 友人と飲食店でお酒を飲みながら食事をしている時だった。 急に机に突っ伏した。 友人は酔って寝てしまったものだと思い

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          ある救急医の備忘録 カルテ6 / 再会