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冷たい男 第7話 とある物語(7)

 青い炎が走る。
 黒い液から湧き上がるように燃え、導火線のように黒いを焼きながら羽根ペンまで走る。
 羽根ペンが青い炎に飲み込まれ、少年は思わず手放す。
 少年の手には火傷のかけらもなかった。
 熱くすらなく、むしろ震えるほどに冷たかった。
 青い炎に飲まれた羽根ペンは、燃えていなかった。
 水の中に浮かぶ魚のように青い炎の中で揺らめき、砂の塊のように崩れていく。
 少年は、黄色の傘を落とし、恐怖に瞳を震わせる。
 何かが動く気配がする。
 少年が目を動かすと冷たい男が立っていた。
 雨に濡れ、自身の体温で凍りついた冷たい男の身体は白装束を纏った幽鬼のようであった。
 唯一、左胸だけが赤く染まり、そしてその中心が青く燃え上がっていた。
「何で・・・生きて・・・」
 少年は、次の言葉を発することが出来なかった。
 冷たい男の左胸でランタンのように燃える青い炎。

 その中に"目"が覗いている。

 眼球だけの白く生々しい、赤黒い瞳を持つ目が青い炎の奥から少年をみていた。

 いや、睨んでいた。

 冷酷に。
 興味深げに。
 獲物を獲られるかのように。

 少年は、身体の機能そのものが停止してしまったかのように震えるどころか身じろぎすら出来ない。
 唯一、湧き上がってくるのは恐怖のみだった。
 冷たい男は、緩慢な動きで左腕を伸ばす。
 その動きはまるで糸で操作された操り人形のようであった。
 左胸で燃える青い炎が泥のように蠢き、左肩を伝い、二の腕に、そして左手の指先へと伸びる。
 指先から小さな青い炎の玉が飛び、少年の頭上に浮かび、弾ける。
 その瞬間、少年の周りの雨が止み、身体が何かに押さえつけられたように重く、動かけなくなる。
 少年は、目だけを動かす。
 雨は、止んだのではない。
 少年の周りの雨だけが凍っているのだ。
 天から落ちた蜘蛛の糸のように空から地にかけて凍りつき、張り付いて、少年の身体を固定したのだ。
 呆然と自分の状況を把握した少年は、叩かれたように我に返り、必死に身体を動かそうとするが、糸の束のような氷はびくともしない。
 少年の頬は、上気し、息が短く乱れる。
 氷の割れる音がする。
 氷で白く染まった冷たい男が体幹を失った動く死体ゾンビのようにふらつく足取りで少年に向かってくる。
 青い炎の奥にある目だけ少年を好色に見つめる。
 少年は、逃げようと必死に身体を動かす。
 しかし、氷は割れない。崩れない。
 冷たい男が少年の目の前に立つ。
 チャコールグレーの手袋に包まれた右手が少年の頬に触れる。
 その手を中心に霜がゆっくりと広がっていく。
 青い炎の奥の目がじっと少年を見る。
 まるで獲物が弱り、食せるのを待つ猫のように。
 少年は、死を覚悟し、短い悲鳴を上げた。

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