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テレビの仕事をする上で必要なことは、すべて「好きな映画は?」という質問から学んだ

僕は迂闊に「好きな映画は?」と聞かれることが嫌いだった。
好きな映画が象徴するものは、自分が憧れる物語世界だったり、こうなりたいなという自身の理想的な登場人物が出てきたり、何より深く心を動かされる物語だったりする。
周りの友人に「好きな映画は?」と聞くと、明るくてノリがいい人だとアクション映画が好きだったり、頭脳明晰で頭が切れるタイプの人は少し難しいアート系の映画が好きだったりする。
好きな映画の構造は、その人が生きている物語構造に似ている。
つまり、「好きな映画は?」という質問は、僕にとって自分の人生について聞かれているような感じだったり、自分の生きている物語構造がのぞかれているような感じがして、そんな誰にでも簡単に答えられるものではないし、迂闊に答えたくないのである。

でも、ある人とのやりとりでそんな僕の考え方が変わった。
以前、職場の先輩と定食屋で昼食を取りながら映画の話をしていた時に、やはり「好きな映画」について聞かれた。
その先輩とは、まだその時は一緒に仕事をして、日も浅かったので、あまり迂闊に好きな映画について語りたくなかったこともあり、「ううん、何でしょうね…」とか言って、先輩の気をそらしていた。
すると、先輩は今までの柔らかなニコッとした表情を切り替え、やや真面目な表情になり、「好きな映画はちゃんと決めておいた方がいいよ」と僕に言った。
よっぽど困った顔をしていたのだろう。
僕の表情を見るやいなや、先輩はその理由を一から教えてくれた。
まずこういう業界(私はテレビ番組を作っている)で働いているなら、「好きな映画」について語ることは名刺交換のようなものであり、自分がどういう人間か知ってもらうためにもそれについて語ることは必要だということ。
あと、映画に関わらず、自分がどういうものやことが好きで、なぜそれが好きなのかについて常に分析して言語化しておくことは重要だということ。そうした積み重ねが番組制作や企画を通すことにつながるということ。
そして何より、自分の価値観や人生観を自分以外の世界や他人に提示することを決して恐れないこと。自分の価値観や人生観をさらけ出していかないと、誰かの心を動かすいい番組など決して作れないということ。
昼下がりの定食屋で、シャケ定食を食べながら、先輩は新人の僕にそんなことを教えてくれた。

別に「好きな映画なんてカジュアルな質問じゃないか」と思う人はたくさんいると思う。
ただ以前の僕にとってはそうではなかった。
「自分はこういうことを考えている」とか「人生においてこういうことが重要だと思っている」とかそういうことを他人に話すことが出来なかった。
「自分の考えなんて…」とか「自分の考えを否定されたら…」とかそういうことばかり考えていて、自分が傷つくことを恐れていたんだと思う。
でも先輩は「好きな映画は?」というとてもとてもカジュアルな質問を無下にしない人だったし、何気ないたったひとつの質問から、自分の価値観を他人に恐れず伝えていくことの大切さを教えてくれた。
まあ今でも、好きな映画をなんとなく適当に答えてる人と、むやみやたらに好きな映画を聞いてくる人は苦手だけども・・・。

文:Wataru

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