見出し画像

中学受験の思い出

推しピアニストの角野隼斗さんが中学受験情報誌の表紙を飾った、というツイートが流れてきた。その写真が良すぎるので書店で見つけて手にとってみた。…んだけど、私にはいらない部分がほとんどだったので購入は諦めた。1900円+税じゃ、ちょっとねえ。

中学受験は経験がある。我が子ではなくて、自分自身だ。
今から40年以上前、国立大学の附属中学を受験したことがあるのですよ。我ながら驚きですわ。もうこのネタはあちこちで話してるし、以前ブログにも書いたと思う。

私の両親は中卒だ。父は中学を出てすぐ地元の工場に働きに出た。母は高校在学中に病気をして出席日数が足りず、留年を勧められたがそのまま退学したそうだ。二人とも学歴に関して思うところがあったのかもしれない。
当時、私が進学する予定の地元の中学はあまり評判が良くなかった。だから私立中学に進学する子も、私のように付属中を受験する子も何人かいた。

私は自分から受験を希望したわけではない。両親が塾に行けというから、特に深く考えもせず通い始めただけだ。入塾のテストでは6年生のを受けるはずが手違いで5年生のを受けてしまうという痛恨のミスがあったが、受け入れてもらった。今じゃ6年生からスタートするのは遅いな。

塾で購入させられた問題集がすごかった。ハードカバーで厚さが3センチくらいあって〝力の5000題〟とかいうタイトルがついていたと思う。国語と算数があった。カリキュラムが進むにつれて、5000題とまではいかないが理科や社会の問題集も買わされたと思う。
ずっしり重いそいつらをレッスンバッグに入れて、小学校から帰ってきてから一人で片道40分以上かけてバスと電車を乗り継いで週に2回くらい通っていたかな?夏期講習や冬季講習も通った。帰りは夜なので、バス停まで母が迎えに来てくれていた。

当時の自分、偉くないか?小学生だぞ?

最初は本当にビビっていた。同じクラスの子たちはみんな、頭がいい。ほとんどが都市部の小学校の子たちだったし、4年生5年生から続けている子も結構いた。クセつよな塾講師ともくだけて話してるし、自分は完全にアウェイだった。
そんな中にいたけど、私は結構負けず嫌いだった。なんか、悔しいので頑張った。定期テストで上位者の成績が掲示されるのだが、その中に混じることができた。

で、受験当日。国立大附属なので難解な問題は出ないのだが、それだと選抜がしにくいので受験科目を増やすという手段が取られていた。国語算数理科社会体育音楽図工家庭科だよ?
体育は鉄棒。逆上がりができないといくら他の教科が良くても不合格だそうだ。音楽は実技ではなくて楽譜に関するペーパーテスト。家庭科もペーパーテストで、ミシンの糸の掛け方が問題に出たのを覚えている。図工は配られた落ち葉の素描だった。

合格発表の日、掲示してあった受験番号の中に自分の番号を見つけたときは普通に嬉しかった。ちゃんと努力が報われたのだ。

ただし、ここからが問題であった。

確か受験倍率は12倍くらいだったと思う。付属の小学校から上がる子が多いので、募集人数がそもそも少ない。それでまず試験で4分の1に絞られる。そしてさらに抽選で3分の1に絞るというイベントが待ち構えていた。
体育館に集められた合格者親子が、箱に入った番号の書かれた紙を一枚ずつひいていく。学芸大方式というそうで、箱にはくじをひく人数に1を足した枚数分の紙が入っている。全員がくじをひくと、箱の中に1枚残る。そこに書かれた番号の次の番号から順番に定員数までが真の合格者となるのだ。つまり、箱の中に56番が残っていたら、57番以降定員数分までが合格(当選)ということになる。

はいー、外れました私。

でも、あまりがっかりしなかった。その学校はうちから遠くて通える気がしなかったので、正直ほっとした。両親も費用と時間をかけたのに、願い叶わず当時はがっかりしたと思う。最近になって母が「あのとき落ちて良かった」と言っていて、ええええーと思ったが。
やっぱり家柄とか、親として教養のある無しで他の保護者とのお付き合いは難しいと感じたのかもしれない。

まあ、中学受験は外れちゃったわけだけど、それなりに頭は鍛えられた。その後地元中学へ通い、また同じ塾に通って公立高校へ進学したら、附属中出身の子たちと一緒になった。違うルートをたどってまた会った、みたいな感じだ。
なので、お子さんの受験がうまくいかなかったという方は、落胆しないでほしい。取り組んできたことは、きっと無駄にはならないから。

地元中学在学中、あるとき同級生が担任に「こんなこと勉強して将来役にたつのか?」と問いかけたことがあった。数学の何か公式についてだったかな?当時まだ20代だった担任は「今のうちに無理にでも頭を使っておかないと、大人になってから働かなくなる」と答えた。その答えを聞いて、私は妙に納得した。あのときその答えを聞けて良かったなと今でも思う。

肝心の我が子に関しては、経済的理由やら私が面倒くさがりやらで中学受験の選択肢は無かった。だけど公立中学はある意味社会の縮図なので、そこに通った経験はいずれ役に立つと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?