『夜明けのすべて』備忘録

『夜明けのすべて』を観た。PMS(月経前症候群)で怒りの衝動が抑えられなくなる藤沢と、パニック障害に苦しむ山添を中心に展開される物語。

症状に悩まされ生活に支障をきたした二人は、転職先の小さな会社で働くことになり同僚となった(なお転職先は単調な仕事ながら社長や同僚の理解が深い)。

お互い無関心だった二人だがお互いに抱える病気への理解を深め、共感し、心を開いていく……というような内容。

まず、フィルムの色味がすごくいい。光の描写が柔らかく、この作品の世界観に馴染んでいた。

ただ、こんなにも他者理解に富んだコミュニティが果たしてどこに存在するのか、とも思った。あまりにもこの世界が優しさに溢れているから。

そのせいもあり、私がこの映画に救われた部分は、山添の復職のため尽力していた前職の元上司・辻本が涙する場面だった。

山添の退職以降も彼のことを気にかけており(山添もそれも無下にしないどころか寧ろ喜んでいるので人間関係は良好だったと思われる)、当初は現職の不満ばかり漏らしていた山添の復職に向けサポートし続けたものの、環境に順応し明るさを取り戻しつつある山添が「現職を続けたい」と辻本に告げたときのあの涙。

もしかするとこの世界はあまりにも優しいが故、あれは山添の決意に対する純粋な涙だったのかもしれない。けれども、私はそんな綺麗な感情だけではないはずだと思っている。なぜなら元上司の辻本もまた辛さを抱えた人であり、自死遺族としての苦しみに苛まれる日々を送っているから。

彼(山添)のはつらつとした未来が素直に嬉しくも頼もしくもありつつ、同じような明るい感情を我が身内に経験させられない苦しみや「復職のためどれだけ尽力したことか」といった怒りも湧いただろう。

そんなグチャグチャした感情からくる涙だと(少なくとも私は)感じたので、私は案外この元上司・辻本に近い感覚で『夜明けのすべて』を観ていたような気がする。

この映画は過剰なほどの優しさを与えてくれるけれど、世界はそれほど美しくないのでは、とどこか冷静になってしまう自分がいた。

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