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冬景色

 五時半。山手線が目黒駅のホームにはいってきた。早朝でも席は埋まっていて、何人かのひとがつり革にさがっている。荷物を両足のあいだにはさみ、手すりにつかまる。
 品川駅に着くと、ほとんどのひとが降りていった。金曜日のこんなはやい時間に、いったい品川でなにが起こっているのだろうかと思う。新幹線や他の電車への乗り換えか、はたまた会社か。最近は時差通勤があるとはいえ、少し早すぎるのではないか。
 いずれ車内ががらんとして、はしっこに腰かけながら、ぐるりと見まわす。車内広告は三面の液晶画面になり、紙の広告は連結部の近くやドア付近に何カ所かに見つけるだけだった。
 たまたま乗った車両がそうだったのだろうが、どれも脱毛や整形外科の広告ばかりだった。脱毛のキャンペーンをやっているらしい。なんでも99%の値引きだそうで、年内いっぱいをしきりに煽っている。しかし99%引きって、それで利益があるわけではなし、きっとというか、間違いなくなにかウラがあるにちがいない。ウマい話には気をつけるようにと、日頃からテレビなどで呼びかけておきながら、こうして公共の乗り物に、ウマそうな広告がたくさん張り巡らされているのは、どうしたものだろう。
 美容外科のほうは、ほうれい線を目立たなくするにはいくら、二重まぶたにするにはいくらと、具体的な値段をかかげている。ではこちらは誠実な広告なのかといえば、そうとも感じられない。どうも電車のなかがインチキくさい。願わくば、それはこの車両だけで、ほかはもっとまともであることを願う。
 広告はいつのまにか、ずいぶんと胡散臭いものになってしまった。まあもともとこんなもので、広告そのものが多様化したせいで、下世話な週刊誌のうしろのほうのページに載っていたものが、こうして電車のなかで見られたり、テレビで放映されるようになったということだろう。
 歳のせいとばかりはいえないと思うのだが、目をそむけることが多くなった。車内広告もテレビ番組やCMもそうだ。興味が失せたのではなく、見ていると、こちらがさみしくなったり、つらくなったりする。
 さもしかったり、あさましかったり、ときにだましてやろうという意志を感じたり、おためごかしの影で泣いているひとのシルエットがのぞいたりする。
 六時まえに東京駅に着いた。始発の新幹線に乗って東北に向かう。ほうれい線も両ワキ脱毛も宗教がかったインチキ本からも遠く離れて、冬の景色を楽しみにする。

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