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マイティ・ポプラとニッケル・クリーク

えー、「細かくて伝わらないグラミー賞ノミネート」の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。

マイティ・ポプラ、爆誕

 昨日、その全貌が電撃お披露目されたフォーク/アメリカーナのウルトラ・スーパー新バンド、マイティ・ポプラ(Mighty Poplar)。

 パンチ・ブラザーズのノーム・ピクルニー(バンジョー)やクリス・エルドリッジ(ギター)ら、メンバーそれぞれも自身のSNS上で、3月末にリリースされる初アルバム『Mighty Poplar』のジャケットと共に全米初ツアーの決定を告知。

Free Dirt Recordsより3月31日リリース予定

 SNSで「クリッターはエディ・バウワーのカタログレベル」という推しのコメントがあって笑いました(笑)。確かに…。

 「このメンバーでツアーに出るのが待ちきれない!」というウキウキ・コメントからも、新バンドに対する彼ら自身の歓喜と情熱と興奮が伝わってくる。

 アルバムに先がけての1stシングル「Up On the Divide」も公開された。オールドタイミー・ルーツ&ブルーグラス・バンドDry Brach Fire Squadも歌っている、マーサ・スキャンランによるカントリー・ゴスペル。いやー、めっちゃかっこいい。やばいー。

 腕達者なミュージシャンたちがさまざまな新バンド、ユニットを結成したり、あちこちのセッションに参加することはあたりまえのこと。ましてや、合奏が命のブルーグラス、ジャズの世界ではひとつのバンドだけで活動しているということのほうが珍しい。

 だがMighty Poplarの場合はメンバーたちの名前を見ただけで、よくある「いくつものバンドをかけもちする中のひとつ」ではないとわかる。
 おもにふたつの理由によって、あまりにも別格だ。

 ひとつめの理由は言うまでもなく、超規格外スーパー・オールスター・バンドだということ。発表されているのはデビュー曲となる1曲のみだが、もしやこれは現代のオールド&イン・ザ・ウェイとなるのか…と、期待は募る。

 そして、もうひとつの理由は、メンバー的にも、音楽的にも、またタイミング的にも、ここ数年にわたるパンチ・ブラザーズを中心とするアメリカーナ系シーンの流れのなかで「今、この顔ぶれが集まるというのはいったいどういうことを意味するのだろうか」とおおいに考えさせられるということ。さらに正確にいえば、“深読みさせられる”または“妄想を刺激される”というか。

パンチ&ブラザーズ!


 メンバーはこの5人。

●アレックス・ハーグリーヴス Alex Hargreaves(フィドル、ヴァイオリン)
 最近では、今をときめくビリー・ストリングスのバンドに欠かせないメンバーとして注目を集めた。もともとブルックリンが拠点で、クリス・シーリーがMCを務めた番組Live From Hereのハウスバンドでも活躍。何を弾いても超絶うまい、ジャンルレスな爆裂プレイが忘れられないヴィルトゥオーソ。

●ノーム・ピケルニー Noam Pikelny(バンジョー)
 パンチ・ブラザーズのピクルスことノーム・ピケルニー。今さらなので説明は省略します。

●クリス・エルドリッジ Chris Eldridge(ギター)
 パンチ・ブラザーズのクリッターことクリス・エルドリッジ。今さらなので説明は省略します。

●アンドリュー・マーリン Andrew Marlin(マンドリン)
 奥様でもあるエミリー・フランツとのアメリカーナ/フォーク・デュオ、ウォッチハウス(旧マンドリン・オレンジ)のマンドリン・ギター・バンジョー&ヴォーカル担当。ウォッチハウスといえば、昨年後半にパンチ・ブラザーズがプロデュースする全米ツアー“American Acoustic Tour”に参加したばかり。

●グレッグ・ギャリソン Greg Garrison(ベース)
 そして最後に!じゃん!
 そして最後に!!じゃんじゃん!!
(↑佐野元春ふうに)
グレッグ・ギャリソン
 そう。パンチ・ブラザーズの初代ベース奏者です。
 フォーク/ジャズ/ブルーグラスに精通し、大学でベースの学術博士号も取得した理論派。ビル・フリゼールからサム・ブッシュ、エドガー・メイヤーなどなどとジャンルを超えて活動をしてきた彼のセンスと技術は、パンチ創成期において重要な役割を果たした。その後、音楽性の違いや、家族とゆっくり過ごす時間のない多忙な活動ペースを理由にパンチを脱退。地元コロラドで、若手の育成なども熱心におこないながらマイペースな活動を続けてきた(と、聞いている)。

 以上。

 いやー、グレッグ・ギャリソンはダーク・ホースすぎた。最初、同姓同名じゃないかと3度見した。
 ギャリソンが脱退してクラシック畑のポール・コートが2代目ベーシストに就任するまでの、パンチ・ブラザーズのデビュー期を記録したドキュメンタリー映画『ハウ・トゥ・グロウ・ア・バンド〜パンチ・ブラザーズの作り方〜』(2011年)は、彼がパンチのメンバーとして果たした役割や、脱退へと向かう深い苦悩、さらには前人未到の音楽性をめざす中でバンド内にも不安と軋轢がじんわりと広がっていた様子までもが生々しく語られている。

 このDVDの日本盤はもともとパンチ初来日を記念してリリースされたもので、当然、ブルーノート東京での来日公演時にロビーで販売される予定だった。ところが、もう時効だと思うので書いてしまうけど、公演当日になってパンチのマネージメント側から、そのドキュメンタリーはライヴ会場で売ってはならぬとのお達しが出た(もちろんDVD制作許諾ではなくて、バンドのライヴ会場ではダメという話)。伝え聞いた話に過ぎないが「今はもうメンバーも変わっているし、これは過去の話だから」と言われたらしい。この作品の日本語タイトルや解説、字幕監修を全力でやらせていただいた私としてもたいへんに残念なことではあったが、まぁ、それだけギャリソンさんの脱退はデリケートな問題であり、でも、あの時期のパンチがあったから今のパンチがあるんだし、何よりも、そういった黒歴史的な部分も忖度せずしっかり描いた優れたドキュメンタリー作品であることの証拠だよなー…と、がっくりしながらも深く納得もさせられる出来事だった。

 ちなみに、二度目の来日公演では何の問題もなく会場での販売がオッケーになって、たくさんの方がお買い求めになったとのこと。ありがとうございます。

 ギャリソンとピケルニーに至っては、パンチ以前にも同じバンドで活動していたことのある仲だし。ギャリソンは別にパンチと喧嘩して脱退したわけでもないし、何よりこのマイティ・ポプラの音楽性からして音楽的にばっちりだし。なので、まぁ、「久しぶりに一緒にバンドやろうぜ」的な流れは全然ありうることではある。が。それでも、今、パンチのメンバーふたりが、元パンチと合流するというのは、ちょっとドキドキするわよ。
 これはいったい何を意味するのだろう…。
 と深読みしてしまうのは、愛ゆえの考え過ぎだろうか。

 5人編成のバンドのうち、2人がパンチで1人が元パンチ。人数だけで考えれば「過半数パンチ」だ。そしてハーグリーヴスはパンチの助っ人を務めたこともあるくらいで、パンチとは波長も腕っぷしも合うミュージシャンであり、LIVE FROM HEREでは「ほぼパンチ」的な役割を果たしていた。つーか「ほぼゲイブさん」みたいな(シーリーもそう思っていたふしがある)。

 そして、つい先日までウォッチハウスとしてパンチとツアーをしていたアンドリュー・マーリンも、今いちばんパンチに近いミュージシャンのひとりだ。
 実は、ウォッチハウスの音楽については、フォークとしてもルーツ音楽としても、ブルーグラスとしても、ちょっと混迷している感があるよね…と、最近、とあるマニアな先輩と話していたばかりだった。American Acoustic Tourは単なる対バンツアーではなく、いろんなセッションがあったり、お互いのバンドに加わったり、とんでもない選曲のカヴァーがあったり…と、かなりプレイヤーとしての力量がシビアに試される場でもある。ブルーグラスのジャムセッションの様式をとりながら、まったくベクトルの違うアプローチが要求されていたりする。無茶ぶりの嵐。ものすごい緊張感がある。そんな中でのマーリンは、ちょっと自分の立ち位置を決めかねているように見える場面が多かった。特に、パンチとのセッションにおいては、シーリーと同じ楽器であるだけに余計に「似て非なる」感が際立っていた。

Amercan Acousticでは、パンチ・ブラザーズ&ウォッチハウスがスフィアン・スティーヴンスの「ミステリー・オブ・ラヴ」を演奏したり。↓

 マイティ・ポプラに加わっていないパンチ・ブラザーズは、シーリー、コート、ウィッチャーの3人。つまり、バンドの中でクラシック、室内楽に近い順の3人ということになる。そういう考えると、パンチとのセッションでは「似て非なる」と感じたマーリンが、このバンドのメンバーとして真価を発揮しているであろう事実はさらに興味深く思えてくる。

 過半数パンチと、ほぼほぼパンチと、パンチの仲間で結成された新バンド。
 つまり“パンチ・ブラザーズ”ならぬ“パンチ&ブラザーズ”ということでいかがでしょうか。もんた&ブラザーズみたいな感じで。

 これからアルバムやライヴの中で少しずつ見えてくることだと思うけれど、初期のパンチ・ブラザーズにあって、今のパンチ・ブラザーズにないものというのが、このマイティ・ポプラで表現されることがいろいろあるかもしれない。ある意味、初期のパンチ・ブラザーズの魅力をいちばん記憶しているであろうギャリソンの存在は、当時のパンチがそのままパラレル・ワールドで活動していて2023年にこっちの世界に戻ってきたら…みたいなミラクルをもたらすかもしれない。そういう意味では、今のパンチよりもぐっとオーガニック度の高いパンチ…みたいな感じなのかな。シーリー、コート、ウィッチャーの3人の役割をギャリソンさんが担うような場面も出てくるのかなと想像したり。まぁ、いろいろ想像しているだけでも楽しいですな。

 パンチ・ブラザーズというバンド内には常に、多層的に「似て非なる」要素が存在する。だから「何でもあり」と言われながらも、パンチ・ブラザーズでは表現できないことを常に個々が抱えているわけで。そのあたりが、次々と想像もしなかったことをやってのけるパンチの原動力なのだが。そういう、個々が秘めたものが別の形で発揮できるというのは素晴らしいことだ。

  このところパンチ内ではクリス・エルドリッジの存在感がどんどん増してきて、昨年のパンチ・ブラザーズ『Hell on Church Street』ではシーリーとエルドリッジのWクリスがほぼツートップ状態だった。また、ノーム・ピクルニーのソロ・アーティストとしての存在感というのも、パンチというバンドの中にあってもずっと変わらないし。このふたりを擁するバンドというだけで、もう、ものすごいバンドだというのがわかる。それにくわえて、元パンチとウォッチハウスでしょ。そりゃもう、妄想だけでもごはん3杯いける。

そのころ、クリス・シーリーは…


 ちなみにクリス・シーリーは現在、ニッケル・クリークとツアー中。3月24日には5作目となるアルバム『Celebrants』をリリース予定だ。

いいジャケットだなー。

 アルバムからの新曲「Strangers」のMVも公開されたばかり。パンチ結成前、ニッケル・クリークが活動を休止した頃は、もう、本当にダークなオーラがたちこめているのが目に見えるようだったけれど。今の3人は、いつでも楽しそうで、見ているだけでうれしくなっちゃいますね。今回のアルバムは、パンデミック中に集まってはソングライティング合宿をしてたくさんの曲を作った成果らしい。
 歳月は人を育てますね。

 つまり3月はマイティ・ポプラとニッケル・クリークのアルバムが出るのだ。何なら対バンくらいするのかもしれない。

 これから何が起こるのか、まったく想像のつかない2023年のパンチ・ブラザーズとその周辺。解散以外なら、何が起こっても受け止めます(笑)。
 でも、まぁ、もし解散するといわれても、このバンドの場合は「結婚するより離婚するほうがエネルギーを使う」の法則があてはまるはずで、それだけのことをする理由があるはずだから、それもそれで納得すると思うけど。と、推しの胸中を推し量る時間って、なんでこんなに楽しいのだろう。
 とにかく、何もかもが楽しみです。
あー、早く3月になーれ。


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