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ノンサッチ自警団新聞/Vol.15

【2019年11月20日】Vol.15 <SPECIAL Issue! 増刊号>ガブリエル・カヘインと仲間たち特集!

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●最初にお断りをしておく。Gabriel Kahaneさんをどう読むか問題については諸説あるが、当団では“ガブリエル・カヘイン“と表記している。ガブリエルは時々うっかりゲイブリエルの時もある。あと、たぶん正しくは“かはーん“と“かへーん“の間くらいで、音引き“ー“も、限りなく“い“に近い感じなので、まぁ、カタカナ読みをしても近似値になりそうなところで暫定“カヘイン“とさせていただく。ガブリエルさんのお父さんはジェフリー・カヘインさんといって長らくLA室内管の音楽監督を務めた指揮者だが、日本ではヒラリー・ハーンが03年にリリースしたバッハ協奏曲集くらいしか録音が出ていない。そして、この時の表記が「カハネ」(最近になって修正された模様)だったので、そのまま息子もカハネになった模様。が、これはクラシック界における欧州読み原理主義ゆえの表記であり、少なくとも米国読みとしては正しくない。

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もともと当職がガブリエルさんに興味を持つようになったのが、お父さんのジェフリーさんが弾き振りをしたニューヨーク・フィル公演@NYCで「いやー、うちの息子はシンガー・ソングライターなんだけどねー、彼もラヴェルが好きで…」と話していたことがきっかけだったりするのだが。ジェフリーさんは「カハネ」さんではないことを知ったのもこの時だった。日本のクラシック界は欧州読みデフォルトの文化であり、たとえ本人が「ハロー、I'm ジョージ・ソルティ」と言ったとしても「ゲオルク・ショルティさん」と呼ばねば罰せられる厳しい世界なのである(笑)。
そして、その後、この珍しい苗字が日本語で表記される機会は他になかったため、ガブリエルさんも往々にしてカハネと表記されてきた。ブラッド・メルドーのアルバム『ファインディング・ガブリエル』(2019)日本盤でもカハネと書かれていたが、当団の知る限りの音楽家の中では彼をカハネと呼ぶひとは見たことがないので、カハネじゃなくていい。暫定「カヘイン」で。でも、本当はクリス・シーリーが気安く呼ぶみたいに「ゲイブー♡」と呼びたいんですけど。

▶︎2018年、LIVE FROM HEREに『Book of Travelers』レコ発出演して「November」を歌った時の映像。

●ようやく本題。
全ての道はガブリエル・カヘインさんへと続く、ということをわかりやすく説明する号を作るべく構想3カ月。いや、もっと前からだな。そもそもは2018年、ノンサッチからの初アルバム『Book of Travellers』がリリースされることが決まった時、つまりノンサッチ自警団新聞創刊より遥か昔(笑)、来るべくして来た、起こるべくして起こったカヘインさんのノンサッチ移籍を祝して、誰に頼まれるでもなく、ただひたすらに10ページくらいの特集記事を勝手に組んで、電脳空間の片隅にこっそり置いておくことも考えていた。が、時は流れ、まずは1ページの壁新聞でサクっとわかりやすくまとめておくのが、みなさまにカヘインさんの奥深い魅力をご紹介するには最善か……………と思った次第。しかし。やはり、1ページにまとめるのは不可能だった。なんだかもう、わかりやすいどころか樹海クオリティの超絶カオスになってしまいました。が、この熱量だけでも伝われば幸いでございます。
ちなみに、米ノンサッチ公式さんにはとりあえず熱量だけは伝わった模様だった。湯を沸かすほどの無意味な熱は、時に言葉の壁を超えるな。いえーい。

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ちなみに、同時期のMUSIC MAGAZINE誌の“2010年代オールジャンルアルバム・ベスト100”という筆者投票ランキングで、カヘインさんの最新作『BOOK OF TRAVELERS』が83位にランクイン。私もmy4位として1票を投じました。

●この号をインスタグラムに投稿した時、ハッシュタグはこんな感じだった。

#ノンサッチ自警団  #nonesuchrecords #nonesuch #gabrielkahane #ymusic #punchbrothers #aoifeodonovan #bradmehldau #carolineshaw #timoandres #sufjanstevens #theknightsnyc #brooklynrider #ericjacobsen #paulsimon

つまり、ノンサッチに限らず当団が好きなミュージシャンはだいたいガブリエルと友達だYOーということになる。もともと自身がシンガー・ソングライター、ピアニストであることにくわえて、作/編曲家(しかも正調バンド・サウンドから、アバンギャルド、大編成のクラシカル・オーケストレーションまで幅広いジャンルを手がけている)であり、セッション・プレイヤー/シンガーとしての顔も持つ。ある意味では、新しい世代のランディ・ニューマンのような存在。というのが当団の見解である。

▶︎つい最近、ティモ・アンドレスがアップした
ティモ&ガブリエルの「Mirror Songs」(2015)スコア・ヴィデオ。

2015年、カーネギー・ホール、ヴァン・クライバーン財団他からの委嘱による作品で、アンドレア・コーエンの詩にカヘインが曲をつけたもの。アンドレスがピアノ、カヘインが歌。なお、これはアンドレスが自身の公式ウェブサイトで販売するピアノ譜のためにアップした映像のためすべて譜面です。10分近い大作だが、ものすごくカヘインらしさが出ている曲だと思う。アンドレスとはふたりでピアノ・デュオツアーに出るほどの好コンビだが、そのこともよくわかる。似ているところもすごくあって、お互いが持っていないところを絶妙に補いあってもいる。

●当団および、拙著『アメクラ』(←わかりづらい並列)がもっとも注目しているジャンルとして、「クラシックではないけれどライト・クラシックでもポスト・クラシックでもなく限りなくクラシックに近く、ポップ・ミュージックではないけれどポップ・ミュージックの新しい潮流と完全一致」という音楽がある。正確には、そういう音楽が確実に存在することはわかっているのだけれど、その正体をきちんと説明することが難しい音楽というか。そして、そういった音楽について考える時に思い浮かぶyMusic、ブルックリン・ライダー、The Knights、ACME、A Far Cryといったクラシック側のチェンバー・オーケストラや弦楽クァルテット、あるいは作曲家たちというのが、もう、みんなこぞってカヘインさんと共演とかコラボとか楽曲提供という形で関わっているのだ。

▶︎その代表格が、たくさん共演ツアーもしているブルックリン・ライダー。

もう、この人たちとカヘインさんを結んで地図を描いてみたら、クラシックがインディ・フォークやアメリカーナと超接近を続けている現状がものすごくよくわかる。

そして、当団がもっとも驚いたコラボレーションといえば、ポール・サイモン。サイモンがワールド・ツアーからの引退を表明した後のフェアウェル・ツアーのメンバーとしてyMusicを起用。クラシカルな弦楽テイストはもちろんのこと、ジャジーな管弦アンサンブルも、見事なコーラス・ワークもばっちりの彼らの完璧な仕事ぶりは、サイモン最後の大舞台におおいに花を添えた。中でも、彼らを大フィーチャーした「明日に架ける橋」の感動的な熱演は、コンサートの白眉として世界各地で大喝采を浴びた。で、その「明日に架ける橋」のアレンジを手がけたのがガブリエル・カヘインだったのだ。まぁ、それまでは、たとえパンチ・ブラザーズとツアーに出ようとも、それはいろいろと人脈的にも想定内のつながりだったけど、まさかポール・サイモンとまでつながるとはビックリした。すごくないですか。

▶︎ポール・サイモンのホームグラウンド"SNL“でのパフォーマンス。
史上に残る名演となった(当団の感想です)。

●ところで。この新聞をアップするほんの少し前、19年の11月頃からカヘインさんは突如、表舞台から姿を消してしまっている。それまではSNSにも頻繁に投稿していたのが、ある日、「手紙を書いて」というメッセージ+私書箱アドレスの写真を#TheRightToBeForgotten(忘れられる権利)というハッシュタグと共に投稿。その後すぐにヨーロッパ公演に旅立ち、以降、少なくとも我々ファンとの間ではずっと音信不通だ。忘れられる権利、というのはもともとはインターネット上での情報の取り扱いに関する用語として広まったもので、特に19年頃はGDPR(EU一般データ保護規則)において「忘れられる権利」の適用についての解釈が大きな議論になっていた。欧州居住者以外のプライバシー保護にも触れる問題として重要なことではあるし、特に、必要とあらば政治的なことも躊躇わずに素直な意見を発するカヘインさんだけに、とても見過ごすことのできない問題だったのだと思う。が、そういう実際の時事問題を切り離してみるならば、その言葉はちょっと詩的ともとれるし、アイロニカルにいろんなことを想像させる。そして、ものすごく悲しく淋しい言葉だ。それまでのカヘインさんはSNSでも頻繁に近況を投稿したり、BandCampでレコードを買えば「いつもありがとう」と丁寧なメッセージカードを添えてくれるようなアーティストだけに、よけいに様々な憶測をしてしまうようなショッキングな出来事だった。最初はちょっとした休憩をとるための冗談の類だと思っていたけれど、そうではなさそう。公の場には姿を見せなくなって、もう1年半くらいになる。
その後もBandCampではリリースがあったり、SNSに友達からの「いつ出てくるの?」というコメントがあったり、そして今年はじめにはアメリカン・アカデミー・オブ・アーツ・アンド・レターズが主宰する“チャールズ・アイヴズ・アワード“のフェローに選出されたり(昨年のティモ・アンドレスに続く受賞で、ノンサッチというレーベル的にも快挙)。なので、たぶん、お元気で活動されていて、けれど思うところあって世の中とのコミュニケーションを閉じて活動をされているはず。と、信じているのだが。

●思えばアルバム『Book of Travelers』も、もともとケータイやらカメラやら友達やら何やら…あらゆるコミュニケーション道具を手離し、はるか昔と同じような本来の「旅」をする中で曲を作ってゆく…という、ある種フィールドワーク的な手法で作られたアルバムで、そのための費用の一部はクラウドファンドで賄われた。これまでの作品を振り返ってみても、彼にとっては生まれ育った場所を離れたり、生活環境を変えたり、旅に出て日常から離脱したりすることで生まれた音楽は多かったわけで。なので、再会の日を楽しみにしています。

▶︎『Book of Travelers』から「ボルティモア」。
この曲を初めて聴いた時の、
心がふわーっと空に舞い上がってゆくような幸福感は忘れられない。

●最後に。このところ古いお宝映像を続々とYouTube上にアーカイヴしているNPRのTiny Desk Concertが、昨年秋、2011年のカヘインさん初出演回をアップしてくれたのでご紹介しておきましょう。いやーん、うれしい。ありがたや。

若い。若い。かわいい。シャイで、まだまだ優等生っぽい感じがいいですね。しかし、すでにもうスタイルも作風もばっちり完成している。自身がピアノと歌で、バッキングに弦楽四重奏+ギターという編成も、今となってはそう珍しいものではなくなったが、この時期すでに彼にとってのバンド・サウンドとして出来上がっている。ちなみに弦楽クァルテットはACMEの芸術監督クラリス・ジェンセン(チェロ)を中心に、ケイレブ・バーハンズ(ヴィオラ)などなど多分ほぼACME系。ギターは、グレイ・マクマリー。途中でカヘインさんが「僕のグル」と紹介したように、この時期のマクマリーさんは、itsnotyouitsmeとしてニュー・アムステルダムでとっても前衛な作品を発表したり、シャラ・ウォーデンやソー・パーカッションとも親交が深かったり、カヘインさんも参加した『RED Hot+Bach』(2014)にも参加していたり…という八面六臂で、もう、間違いなくカヘインさんの音楽活動に大いなる励ましと勇気とインスピレーションを与えたであろう人。

【Book of Travelers(2018)】
カヘインさんのノンサッチ・デビュー盤。カヘイン作品やアルバムでオススメというのが、もう、多すぎて、というか正直、全部オススメなので。もし、何か聴いてみたいと思ったら、まずはとりあえず、今のところ最新作でもあるここからぜひ。

【Red Hot+Bach (2014年)】
これ書きながら久しぶりに聴いたけど、時代と共にますます重要度アップしてきたアルバムのような気がする。ひょっとしたら、インディ・フォークとクラシックの関係におけるゴート・ロデオ・セッションズみたいなことかも。ソニーだしw。カヘインさんのほか、クリス・シーリー、クロノス・クァルテット、ロブ・ムース(yMusic)、ジェフ・ミルズ、マックス・リヒター、フランチェスコ・トリスターノ、ダニエル・ホープ……と、今っぽいようでいて、このアルバムを2021年に作ったら絶対に同じ顔ぶれは集まらないだろうなというメンツなところも面白い。参加アーティストたちにとっては、この当時(2014年)はまだ手探りだった感はあるし、彼ら自身にとっての重要度はそれほど高くない作品かもしれないけど、その後の音楽シーンに対しての物差し的な作品としては意味があるというか。たとえるならば「在学中はたいしたことなかったけど、自分が卒業した後に偏差値が超アップして名門進学校になった母校」みたいな?違うかw 


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