見出し画像

米国NPOを久々に訪れて感じた衝撃と学び

2023年2月、アメリカ・サンフランシスコを1週間にわたって訪問してきた。

孤独・孤立の課題に取り組むアメリカのNPO/スタートアップ/アカデミアの方々と対話するとともに現場を訪問し、日米のリーダーが学び合いを行うという趣旨の訪問だった。(国際交流基金の助成事業として、新公益連盟とのパートナーシップのもとでクロスフィールズが企画実施させて頂いた)

日本からの参加者は、居場所支援の第一人者であるむすびえ湯浅誠代表、シビックテックの領域にて最前線で活躍するCode for Japan関治之代表、社会起業家のネットワーク組織である新公益連盟白井智子代表、そして主催団体のクロスフィールズから僕含め2名だった。

このメンバーで1週間にわたり10以上の組織を訪問し、気づきや新規アイデアを夜な夜な語り合った。多くの持ち帰りがあったので、主にアメリカのNPO事情と孤独・孤立の課題解決の観点から、その一端を紹介したい。

疲弊したサンフランシスコと衝撃的な物価

本題に入る前にアメリカ、特にサンフランシスコの街を訪れた印象を書いておきたい。

実は15年ほど前、僕は4ヶ月ほどサンフランシスコで暮らしていた。「活気あふれる多様性の街」という印象だった当時と比較すると、今は驚くほど街全体の元気がなくなっているように感じた。

主にはコロナの影響だと思うが、賑やかだった観光エリアは一変し、シャッター通りのような場所も見受けられた。地価の高騰で単身世帯が市外へ流出したり、観光客の減少でテナントが入らなかったりすることが要因とのことだ。人通りも少なく、目に見えて治安も悪化していることが感じ取れた。

また、物価の高さは衝撃的だった。家賃の高騰は信じがたく、ワンルームでも40万円が相場とのこと。滞在中も軽食を食べるだけで20ドルを超える感覚で、急激に進むインフレの影響を思い知るとともに、この街に暮らす貧困層の生活が苦しいことは容易に想像できた。(一方で、日本の物価の安さが異常とも実感し、日米の物価の違いがここまで開いていることには驚いた…)

やっぱり色々とスゴかった米国NPO事情

ここからはアメリカのソーシャルセクターに関する気づきを簡単に共有したい。正直、日本のNPOもここ10~20年でかなりの発展を遂げてきたと思っており「アメリカがなんぼのもんじゃ」という気持ちで訪問したものの、結論から言えば、やっぱり本場は凄かったというのが正直な感想だ。

ここでは3点にしぼり、僕が衝撃を覚えたことを書いてみる。

①事業規模がケタ違い

1つ目は事業規模の違いだ。特に規模が大きいところを選んで訪問したわけではないが、今回訪問したNPOの多くが年間予算10億円以上の規模だった。日本ではこの規模のNPOは数えるほどしかないので、比較するとアメリカでは巨大な規模の組織が至るところに立ち並んでいるという印象だった。

たとえば「子どもの居場所づくり」の活動と聞けば、日本では公共施設の一角を間借りしたり、マンションの一室を使ったりするケースが一般的だと思う。それがアメリカでは、数十億円の予算で施設を建設し、個人寄付をベースに年間数億円の運営費を捻出できてしまう。

サンフランシスコのRYSEというNPOが「子どもの居場所」として単独で建設した施設

無論、NPOの成果は規模の大きさだけで測れるものではないが、やはり予算が大きければ発想や活動のスケールもダイナミックになることを痛感した。

また、働く環境もだいぶ違う。今回訪問したCode For Americaのオフィスはサンフランシスコの一等地にあるビルのワンフロアを借り切っていた。家賃は月500万円以上だそうで、思わず開いた口が塞がらなかった…

Code For Americaの信じられないほど広大なオフィス。トイレまで遠かった、、、

給与面も、やはり衝撃的だった。日本では都市伝説的に「アメリカではNPOの代表が年収2000万もらうのは普通らしいよ」と話したりしているが、実際、今回訪問したNPOの代表クラスの年収レンジは3000〜5000万円という感じで、日本での都市伝説を大きく上回る水準だった。

物価自体も高騰しているので日米の単純比較は難しいものの、全体としては、やはり日米のNPO業界のスケールの違いはまだまだ歴然としているという印象だ。

②スムーズな人材のセクター間移動

2つ目はセクター間での人材の流動性の高さだ。

例えばCode For Americaの現CEOであるAmanda Renteriaは、もともとオバマ元大統領やヒラリー・クリントンのブレーンも務めた20年以上のキャリアを持つ政治のプロだ。豊富なワシントンでの経験をもとに、今度は民間非営利の立場から行政のデジタル化を推進しようとCode For AmericaのCEOを創業者であるJennifer Pahlkaから引き継いでいる。

Code For Americaの新旧CEO

また、スタートアップとNPOとの人材の行き来も一般的になっているようだ。あるNPO職員にキャリアについて聞いてみると、彼はマッキンゼーでの勤務を歴て、スタートアップのCXOのポジションと迷った上で最終的にNPOを転職先として選んだという。「いまのNPOでの仕事は大好きだけど、次はスタートアップに転職して違うアプローチから課題解決をするのもありかもね」と軽やかに語っていたのが印象的だった。

このように様々なセクターを行き来しながら多角的な視座を手に入れ、それぞれの組織が持つ強みをいかして社会を変えようとする人材が数多くいるのが、アメリカのNPOセクターの強さの源泉になっているように感じた。

ちなみに昨今はGAFAを中心にエンジニア解雇の動きがあるなか、アメリカのNPOセクターは「DX加速のチャンス」として求職中のエンジニアを積極採用しているらしい。特定業界の不況を活かしてNPOセクターが戦略的にパワーアップするという姿勢からも、日本は盗めることが多いように思う。

③徹底したデータ活用と成果の可視化

最後にデータ活用と成果の可視化についても触れておきたい。

今回訪問したすべてのNPOが、データを地道に獲得して活動成果を可視化することへ惜しみなく投資をしていたのが印象的だった。どの団体も例外なく活動紹介の最後に豊富なデータで活動成果を示し、「データ分析は大学教授と実施して客観的な評価を行っている」と語っていた。

Larkin StreetというNPOによるインパクトの紹介。成果がデータ/数字によって端的に示されている

このように、成果の可視化がアメリカのNPOセクターでやっていく上での「最低限の基本的所作」になっているという感覚で、この点も、まだまだ日本のNPOセクターには甘さがあると自戒の念も込めて感じた次第だ。

孤独・孤立領域での示唆的なアプローチ

続いて、今回の訪問で重点的に見てきた孤独・孤立の課題領域での気付き・学びについて書いていきたい。(クロスフィールズでも孤独・孤立を中期的な取り組み領域として設定しており、今回の学びは大きな財産となった)

まず、日本では2021年に担当大臣が設置されるなど関心が高まる孤独・孤立という課題領域は、アメリカでも大きな注目が集まっているようだった(英語では"Social Isolation and Loneliness"と表現)。

この背景には、物価高騰の影響でアメリカの多くの都市における貧困層の暮らしが厳しくなり、さらにコロナ禍で社会的なセーフティネットから取り残されて孤独・孤立の状態に陥る人が急増していることがある。ここにも日米で通底する共通点があるように思う。

ただ、日本においては若者の孤独・孤立が中心的なテーマになっているのに対し、アメリカでは高齢者が主な話題になっていたり、そもそも人種的な分断が根本的な背景にあったりする点など、日米で課題の捉え方には大きな違いがあるということもよく分かった。

このような社会・文化的な違いがありつつも、日本のNPOが参考にできるかもしれないアプローチや活動の方向性について、2点だけ紹介したい。

①Human-Centered Technologyへのこだわり

日本の社会課題解決の分野においても、テクノロジーの重要性は声高に叫ばれている。ただ、今回テクノロジーを上手く生かしているアメリカの団体からよく聞こえてきたのは、"Human-Centered Technology(人間中心のテクノロジー)"というキーワードだった。

今回訪問したNPOでは、孤独・孤立の当事者へのリーチアウトや情報提供など、さまざまな局面でデジタルツールを活用した支援が提供されていた。

当然ながら、孤独・孤立の課題解決において「リアルなつながり」は不可欠な要素であり、すべてをDXはできない。そのため、あくまで「人と人とのリアルなつながり」を活動の中心に置き、それを効率的・効果的に実装するためにAIを含むデジタル・テクノロジーが存在している、という考え方が大事にされているとのことだった。

繰り返される"Human-Centered"というキーワード

この考え方をもとに、人間にしか発揮できない価値を突き詰め、テクノロジーと人間の役割分担を設計し、ユーザーに最適なUX/UIをデザインする。ユーザー目線で開発を行うテック系スタートアップであれば当たり前のように実践していることかもしれないが、NPOのサービス提供においてHuman-Centeredなテクノロジー活用を徹底するというアプローチは、自分にとっては非常に新鮮なものに映った。 

たとえばCode for Americaでは行政を相手にアプリを開発する際、担当する行政職員にスマホだけで行政サービスを使ってみることを必ず依頼しているそうだ。こうした工夫によってHuman-Centeredな設計を担保する地道な姿勢には、日本のNPOも学ぶものが多いのではないだろうか。

②孤独・孤立領域での民間企業によるマネタイズの仕組み

日本では「孤独・孤立の課題はNPOや行政の守備範囲であり、民間企業が事業として取り組む領域ではない」という考えが一般的なように思う。

しかし、アメリカでは民間企業がこの領域で利益を出そうと様々な事業活動を行っていた。実際、孤独・孤立の課題解決を目指すネットワーク組織の構成団体などを見ると、スタートアップを含む多くの民間企業がNPOや医療機関などと混ざって名を連ねている。

まだ追加調査中ではあるが、この背景には医療費の高騰を抑制する目的で始まった「マネージド・ケア」というアメリカ特有の保険制度がありそうだ。

この制度は、民間の保険会社が公的医療保険制度を管理し、高齢者や低所得者に対して必要な医療サービスを提供するものだ。この制度を通じて、民間の保険会社には、高齢者や低所得者の医療費を抑えるというインセンティブが発生する。ここがビジネスチャンスの源泉となっていて、このもとに民間企業が孤独・孤立領域で事業活動を行っている。

たとえばWider Circle社は、高齢者や低所得者層がかかえる社会的孤立の課題解決を目指すスタートアップだ。具体的には、孤独・孤立の当事者たちにボランティア活動や地域のサークルを紹介したり、健康管理のプログラムを提供したりしている。

事業モデルとしては、医療費の抑制をしたい医療関連企業や保険会社からのスポンサー収入で成り立たせている。特筆すべきは、医療機関や保険会社と連携して手に入れたデータをもとに、AIを活用して当事者を最適な地域活動へと誘導する仕組みを構築していることだ。まさに"Human-Centered Technology"を実践しながら孤独・孤立領域でのマネタイズに成功した、非常に先進的な企業だと言える。

当然、孤独・孤立などの社会福祉領域に資本主義の論理が入り込みすぎるリスクもあると思うが、民間企業が事業化できる領域をつくることで社会課題の解決が加速する仕組みをデザインする意義を示唆していると感じた。

最後に

今回ここに書いたのは1週間での学びのごくごく一部であり、ここではとても書ききれないほどのインプットがあった。だが、それ以上に意義深かったのは、普段忙しいメンバーが1週間缶詰になって夜な夜な議論することで強くなったつながりと、そこで生まれた協働アイデアだ。

実際、アメリカ滞在中に生まれた事業アイデアは10を超え、すでに多くが動き出している。課題解決に取り組むソーシャルセクターのリーダーたちが異国の地で1週間ともに過ごし、意見を交わすことは、特定の課題解決に対して非連続なインパクトをもたらすための最良の機会だと強く感じた。

クロスフィールズとしても、ソーシャルセクターのリーダーによる国境を超えた学び合いの機会は、これからもぜひプロデュースしていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?