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【韓国訪問記】 深刻な社会構造とソーシャルセクターの驚くべき変化

2023年7月、約4年ぶりに韓国を訪問した。主に孤独・孤立の課題に取り組む団体同士の学び合いを目的とした2泊3日の短い視察だったが、韓国社会の現状やソーシャルセクターの動きなどについて多くの学びがあった。今回の記事では、そこでの気づきを書いてみたい。

※ 本視察は国際交流基金の助成事業としてクロスフィールズが企画実施したもので、むすびえ湯浅誠代表、新公益連盟白井智子代表、クロスフィールズからは僕含む2名の計4名が参加した

ソウル市の孤独死対策組織とのディスカッションの様子

韓国社会が抱える社会課題の深刻さ

K-POPや韓流ドラマの世界的な盛り上がりから、今の韓国社会は非常に勢いがあるという印象を持つ人が多いのではないだろうか。だが、実は日本以上に深刻な社会構造を抱えていて、特に高齢化・少子化・単身世帯の増加などの数字は衝撃的なレベルだったりする。

まずは高齢化率(65歳以上の年齢構成比)。現時点では日本の29%より低い20%前後の水準だが、2044年には韓国が日本を逆転し、そこからは日本をぐんぐん引き離して世界で最も高齢化が進む国になると予測されている。

単身世帯の増加スピードも爆速だ。2000年に15%程度だった単身世帯率は、わずか20年ほどで33.4%と2倍以上に激増した。これに伴い、特に中高年男性の孤独が大きな話題となっており、ソウル市役所では「孤独死」への対策が最も喫緊の課題として捉えているとのことだった。

そして、最も強い衝撃を受けたのは低すぎる出生率だ。低い低いと問題視されている日本の出生率1.26はむしろ高いと錯覚してしまうほどで、韓国の出生率は衝撃の0.78だ。OECD平均は1.58なので、その半分以下しか子どもが生まれていないということになる。なお、2015年時点では1.25だったので、減少スピードも相当なものだと言える。

さらに驚いたのは、現地の同世代たちが「出生率はまだまだ下がる」と口を揃えていることだ。強烈な学歴社会を背景に教育費が高騰しており、子どもを塾に通わせられない「教育貧困層」が社会課題になるほどの息苦しさがあるのだという。そのため、「結婚や出産なんてバカバカしい」と考えるのが若者の間では一般的になっているそうだ。

今回は孤独・孤立の課題の現状について視察を行ったわけだが、孤独・孤立といった課題が生まれる要因となる社会構造がここまで深刻な状況であることを改めて知り、正直、驚きを隠せなかった。

少子化の背景になっている韓国社会の状況に関心がある人はぜひこちらの映画を見て欲しい
「82年生まれ、キム・ジヨン」

「社会的企業」大国としての韓国

かなり暗い話から入ってしまったが、韓国はこうした社会課題への対応を民間の立場で担うソーシャルセクターが発展した国としても知られている。

そもそも、韓国は歴史的に市民活動が活発な国だ。1980年代の民主化運動や労働運動などをはじめ、市民が政府に積極的に働きかけをして変化を起こすという国民的なDNAがある。今回訪問した「ソンミサン・マウル」に代表されるような、住民による地域自治の世界的な先進事例も数多く生まれている。

世界中でソーシャルビジネスのブームが巻き起こった2005年頃も、韓国は様々な先進的な動きをしかけた。代表的なのは、2007年に法律として制定された「社会的企業育成法」だ。認証されると人件費や商品開発に対する補助金や税制優遇などの支援が行われるという制度で、これにより韓国では社会的企業が爆発的に増えた。(制定後の10年で2000社が認証を取得している)

このように盛り上がる韓国の社会的企業の聖地として知られるのが、2017年に誕生したソウル市内にある"HEYGROUND"という建物だ。ここはNPO/社会的企業を創業した"Changemaker"向けに特化したコワーキングスペースで、累計1000人を超える社会起業家がここを拠点にしてきたとのことだ。

HEYGROUNDの外観
HEYGROUNDの内観。全体的にクリエイティブな雰囲気が漂う

この写真からもわかる通り、大企業の自社ビルのような規模の建物だ。「どうやら韓国のソーシャルセクターがヤバいらしい」と、噂を聞きつけた多くの日本のNPO関係者がHEYGROUNDを訪れてはそのスケールとオシャレさに圧倒されてきた。

それもそのはず、実はここ、韓国が誇る財閥であるHyundaiグループの創業家の資産が潤沢に注ぎ込まれている。(HEYGROUNDを手掛けたNPOであるRoot Impactの創業者は、Hyundaiグループの御曹司として知られる人物だ)韓国では、財閥系の企業がこぞって社会的企業のムーブメントに投資をしてきたという背景がある。

このように韓国は国家レベルでのサポート財閥による潤沢な支援とを後ろ盾にして、社会的企業の大国として世界的な存在感を放ってきたのだ。

酷似する日韓のソーシャルセクターの現状

……と、ここまでが2018年頃に韓国を何度か訪れていたときの印象だったが、コロナ禍を経て今回改めて訪問してみると、ソーシャルセクターの印象が当時とはガラリと変わっていた

今回もHEYGROUNDに訪問して関係者の話を聞いてみると、ここ数年で一般的なスタートアップが入居するケースが急増しているとのことだ。いまや入居者に占めるNPOや社会的企業の割合は1-2割程度となり、普通の法人格の株式会社がHEYGROUNDを利用するようになっているそうだ。HEYGROUND自体は、変わらず「Changemakerのためのコワーキングスペース」というポリシーを変えていないにもかかわらず、だ。

この背景には、スタートアップが社会課題解決に取り組む流れが加速しているという潮流があるようだ。以前の記事に書いたように、これは日本で起きている文脈とも驚くほど一致している。

以前から親しくしている、社会起業家の育成を行う専門集団mysc代表のKim Jeongtae氏はこう話す。

ここ数年、社会福祉の観点から社会的企業育成法で後押しされた社会的企業よりも、むしろ一般のスタートアップが社会課題を解決するプレイヤーとしての存在感を強めている。この動きを、経済の観点から中小企業庁などが新たに後押ししている状況だ。

myscとしても数年前から"社会起業家"だけを支援するのをやめ、社会に良い変化を起こそうとする"起業家"全般を支援する形にシフトした。このことで、僕たちの活動は一気にインパクトを拡大することができた。

韓国のソーシャルセクターの現状を熱弁してくれたmysc代表ののKim Jeongtae氏

ただ、同時にKim Jeongtae氏はNPOの活動にも引き続き意義があることを強調した。

スタートアップの存在意義が高まったことは、NPOや社会的企業の活動の意義の低下を意味してはいない。実際、企業による投資のお金はスタートアップに向かうものの、ESGの観点からの企業寄付がNPOや社会的企業に届く潮流もますます強くなっている

このように今の日韓のソーシャルセクターには、不思議なほどに同じような構造が起きている。今後は日本よりもダイナミックに社会状況が変化していく韓国なので、今後の韓国ソーシャルセクターでの動きには、日本にとっての示唆も多いように思う。

韓国と日本のソーシャルセクターの連携可能性

今回の訪問を通じ、改めて韓国と日本のソーシャルセクターは学び合えることが多いと痛感した。

まず直近で訪問したアメリカに比べると、圧倒的に両国の社会経済的な状況が近い。ゆえに両国で起きている社会課題の構造も近しく、その対応方法にも学び合える部分が多いはずだ。

実際、韓国の各団体に「日本での子ども食堂などといった孤独孤立の取り組みを紹介させてもらいたい」とコンタクトを取ったところ、行く先々で視察団として熱烈に迎えていただいた。日本から学ぼうとする韓国側の姿勢はものすごく、すでにむすびえ理事長・湯浅さんの著書を韓国語で熟読している人にも多数出会った。

団体名はちょっと残念なものの、とにかく行く先々で熱烈に迎えて頂いた

一方、ビジネスセクターのリソースをうまくソーシャルセクターに還流させるあり方など、韓国から見習うべき点も多いと強く感じた。先述のHyundaiの事例もそうだが、それ以外にもSK財団が社会起業家の支援に本腰を入れているなど、日本の大企業に参考にしてもらいたい動きが多い。

近しい社会構造を抱える日本と韓国が、こうした互いのベストプラクティスや失敗経験を共有し合うことの意義は大きい。クロスフィールズとしても、韓国のソーシャルセクターとは今後も人材交流をはじめとした様々な協働の可能性を探っていきたいと思っている

※ 韓国視察の訪問記は、2回に分けてvoicyでもお話しているので、よければこちらもぜひ聴いてください。(コメントなどもお待ちしております!)

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