クリスの物語Ⅳ #28 罠
『無事だったかい?』
いつもののんきな調子で目の前に表示されたハーディは、ぼくの表情を見て何かを悟ったのか真剣な顔つきになった。
『大丈夫か?』
『うん。でも、すぐにどこかに迎えに来てもらえるかな?詳しいことは後で話すよ』
『わかった。今どこにいる?』
ぼくは階段を下りた先の通りを走りながら、ホロロムルスの表示をぼくの視点に切り替えた。
『わかった。そうしたら、その先の二手に分かれる通りの左側を下りてきてくれ。すぐに向かう』
ぼくはごめんと謝って、接続を切った。
いわれた通り、二股に分かれる通りの左手に進んだ。
その通りはなだらかな下り坂になっていた。それに坂の下からの一方通行になっているため、うしろから車が追いかけてくるような心配もなかった。
しばらく走ってうしろを振り返ると、ぼくを追いかけてくるような人は特に見当たらなかった。
安心して歩を緩めると、ちょうど迎えの車がやってきた。
「大丈夫?」
ぼくが車に乗り込むと、みんな心配そうな顔をしていた。
「うん、一応。心配かけてごめん」
「それで、ベベが見かけた女の人は、本当に田川先生だったの?」
ぼくとベベを交互に見ながら、沙奈ちゃんが聞いた。
「いや、実際ぼくは後ろ姿しか見てないからわかんないんだけど」と、答えるぼくを遮って『絶対にそうだよ』とベベが自信満々に答えた。
「ホロロムルスでプロフィールは見なかったの?」
「うん。見ようとしたけど、ブロックされてるみたいで、詳細が開けなかったんだ」
それから、ぼくは事のあらましをみんなに話した。
田川先生らしき女性を追って教会へ入ったら、姿を見失ってしまったこと。その教会で突然黒いローブを羽織ったおじさんに肩をつかまれたことや、そのおじさんの目が赤く光ったこと。
それと、つかまりそうになってとっさに魔法を使ってしまったことも話した。
魔法を使ったと聞いて、ハーディはうろたえた様子だった。
やっぱり、人前で大っぴらに魔法を使ったのはまずかったようだ。
それについて謝ると、『まあ、使ってしまったものは仕方ないよ』といってハーディは微笑んだ。でも、心なしかその表情は曇っているように見えた。
「でも情報がブロックされているとなると、その女の人はやっぱり怪しいね。ベベがいうように、本当に田川先生な気がする」
そう話す沙奈ちゃんに『うん。だってそうだもん』と、ベベがいった。
「それに、その黒い服のおじさんがクリスにサングラスを外させようとしたっていうのも怪しいしね」
沙奈ちゃんのその言葉を聞いて、何かに気づいたように桜井さんがはっとした。
「もしかして、田川先生が先にクリス君に気づいて、わざとおびき出そうとしたとも考えられない?」
ぼくは、沙奈ちゃんと顔を見合わせた。
「それじゃあ、わざとベベに自分の存在を気づかせたっていうこと?」
聞き返すと、桜井さんはうなずいた。
「だから、教会に入ってもクリス君に見つからないようにどこかに隠れたんじゃない?」
「でも、それならおびき出してどうするつもりだったのかな?」
ぼくのその質問を不思議がるように、桜井さんは首をかしげた。
「だから、そのおじさんを使ってクリス君を取り押さえるつもりだったんじゃない?」
「でもそれなら路地とか、もっとひと気のないところに誘導した方がいいような気がするけど・・・」
「うーん。それもそうね」
桜井さんは、顎に手を当てて考え込んだ。
『まあでもどちらにしても、もし僕たちの存在が既に向こうにばれていたのだったとしたら、別にクリスが魔法を使ったことを気に病むこともないね』
ハーディはそういって、白い歯を見せて笑った。
気にしていない素振りをしていたけど、ぼくが魔法を使ったことでぼくたちの存在が闇の勢力にばれてしまったらどうしようかと、やっぱりハーディは思い悩んでいたようだ。
なんだか申し訳なくて、ぼくは首をすくめた。
気づけば、ぼくたちを乗せた車はホテルのロータリーに進入していた。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!