クリモノ4タイトル入

クリスの物語Ⅳ #56 スパイの正体

「君たちは、銀河連邦の差し金かな?」
 聞いたこともない外国語が広間に響いた。

 声のした方を振り向くと、正面のバルコニー席に白装束を着た老人が、何人もの人を引き連れ立っていた。その数、30人くらいはいる。そのほとんどが男性だった。
 きっと、地上の闇の勢力の幹部たちだろう。真ん中の老人がボスだろうか。
 中には日本人らしき人もいる。眼鏡をかけた、白髪混じりのおじさんだ。その隣には、昨日教会でぼくの肩をつかんできた黒いローブを羽織ったおじさんもいる。
 そのおじさんは、にやついた顔でじっとぼくのことを見ていた。

 すると「あ」と、沙奈ちゃんが声を発した。
 沙奈ちゃんの視線の先を追うと、真ん中の老人のうしろに立つ黒い騎士の格好をした男女が目に入った。田川先生とスタンだ。
 やっぱり現れた。心のどこかで、田川先生は実は闇の勢力ではないのではないかという思いがあった。でも、そんな思いはこれで完全に消え去った。田川先生は闇の勢力、それもこの場にこうしているということは、幹部クラスの人間だろう。

「どうしてこうも早く気づかれたのか・・・」
 皺だらけの顔に柔らかな笑みを浮かべて、老人は不思議そうに首をかしげた。
「どう思いますか?」
 老人がそういって、うしろを振り返った。
 すると最後列の方から、背が高く、銀色の髪をきれいに切りそろえた男性が歩み出てきた。見慣れた風貌だった。
 まさか、そんな・・・。

『え?なんでネイゲルがあそこにいるの?』
 事情が飲み込めない、という様子でクレアが聞いた。でもすぐに気づいたのか、はっとしたような顔をした。
『もしかして、クリスタルエレメントを入れ替えたスパイって、ネイゲルだったってこと?』
 ぼくは首をかしげた。そんなの、信じたくない。

 ネイゲルは前に歩み出ると、老人に頭を下げた。
『いかがでしょうか?地底都市ではソレーテ以下、誰にもまだ気づかれていないはずなのですが』
 ネイゲルの言葉を聞いて、老人はまるで顎ひげをたくわえているかのように、自分の顎を何度かさすった。

『畏れ多いことですが、闇の勢力にスパイがいたのかもしれません。もしくは、銀河連邦にどうにかして知る術があったのか・・・。しかし、宇宙連盟の中でも無能と噂される銀河連邦に、そんな知恵があるとも思えません』
「ということは、やはりスパイがいたということでしょうかね」
 老人がそう返すと、ネイゲルはまた深々と頭を下げた。
「まあ、いいでしょう。それについては、この件が終わってからまた洗い出すとしましょう」
 老人は手すりに手をかけて、ぼくたちを見下ろした。

「それにしても、やって来たのは子供たちばかりではないですか。銀河連邦もむごいことをする・・・。いや、子供だから無鉄砲にもこうしてやってこられたということでしょうかね。いずれにしても、その勇気をまずは褒めて差し上げましょう」
 そういって老人が手を叩くと、そこに集まっていた人たち皆が拍手した。

「しかし、残念ながら今一歩遅かったようですね。もうすでに儀式の準備は整っています。こうしてちょうど良いタイミングでこの場に現れたということは、あなた方は生贄として捧げられる運命にあったということでしょう。地球消滅と共にいずれ死ぬわけですから、最後にその命をこの最上の儀式に生贄として捧げられることを名誉と思いなさい」
 老人がそういって椅子に座ると、他の人たちも並べられた椅子にそれぞれ腰かけた。田川先生とスタン、それにネイゲルだけは老人のうしろに立ったままだ。

「さて、私たちはこの余興を楽しむといたしましょう」

 老人のその言葉の後、クリスタルエレメントを載せていた台がどんどん上昇していった。
 天井付近まで上がったところで、クリスタルエレメントは宙に浮いたままその場に留まった。
 すると、照明が消されて室内が再び暗くなった。それと同時に稲妻が走って、雷鳴が轟いた。

 ひとしきりその状態が続くと、稲光の中大きなシルエットが浮かび上がった。
 辺りには、肉が腐ったような異臭が漂っている。鼻がもげそうなほどの悪臭に、思わずぼくは腕で鼻と口をふさいだ。

 再び照明が灯されると、目の前には巨大な怪物が姿を現していた。その姿は、ひと目で悪魔だとわかるような出で立ちだった。
 胴体は人間の肉体をしているけれど、背にはコウモリのような大きな翼を生やし、山羊のような頭には角が生え、大きな牙をむいた口からは長い舌を垂らしている。

 うしろには太い大きな尻尾も見えるけれど、ドラゴンとはかけ離れた、見るからに嫌悪感を覚える不気味な怪物だった。
 どちらかというと、以前桜井さんが学校の倉庫で召喚したアーマインという悪魔に似ている。しかし、大きさはその数倍はあるだろう。

『サタンだ。悪魔の中でも、最上位の悪魔だよ』
 頭の中に話しかけてくるハーディの声は、心なしか震えていた。
 自然とぼくは身構えた。目だけ動かしてベベの存在を確認した。ベベは、桜井さんのうしろで身構えるエンダの背に乗っている。
 いつの間にか、ラマルとエランドラはドラゴンの姿にシェイプシフトしていた。

 サタンは、一歩一歩ゆっくりとこっちへ近づいて来た。サタンが動く度に、強烈な悪臭が鼻を襲った。
 すると突然、エランドラが飛び上がってサタンに先制攻撃を仕掛けた。口を大きく開けて、サタンに火を吹きかける。

 すさまじい火力だ。離れているこっちにまでその熱が伝わってくる。
 しかし、サタンはそれをものともせず、歩みを止める様子もない。火を吹き続けるエランドラに歩み寄り、まるで目の前の虫を払いのけるように腕をひと振りした。

 一撃だった。
 吹き飛ばされて壁に激突したエランドラは、ビクビクと痙攣していた。続いて、ラマルがサタンに襲いかかった。

『ラマル、ダメ!』
 クレアが叫んだときには、もう遅かった。
 口から水砲を放って攻撃するラマルも、サタンの一撃にあっけなく沈んだ。

 すぐにでも沙奈ちゃんに治癒に向かってほしかったけど、サタンがいるためそうしてもらうこともできない。一歩でも動けば、サタンの餌食になってしまいそうで身動きがとれなかった。



お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!