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下高井戸『Jazz Keirin』芸術的うどんに出逢った幸せな時間

随分前のことだけど、16~17才ぐらいの頃から弟のように可愛がってもらっていた兄ィから「元気にしている?今からうどん食べに行こうぜぇ」と連絡が入った。久しぶりに会いたかったし、予定もなかったので、京王線の下高井戸駅で待ち合わせすることになった。

「ハロー。しばらくだね。元気そうじゃん」

数年ぶりとは思えない軽い挨拶を交わすと、駅から徒歩数分の『Jazz Keirin』なるお店に案内される。なんでjazz?どうしてKeirin?そんでもってうどん屋さん?意味不明のまま数秒間立ち尽くした。

兄ィはお店の店主と、なんらかの繋がりがあったようだが、この時初めて店へ訪れたという。店に入るなり「◯◯さんいらっしゃいますか?」と店主らしき人に尋ねていたので、お会いするのも初めてだったようだ。

ランチ営業が終わりそうな時間帯で店内を見回すと客は数名しか残っていない。いつの間にか兄ィと店主は嬉しそうに握手を交わしていて、テーブルへと案内される。細かいことまで覚えていないけど、二人には共通の友達がいて、兄ィはその友達からこのお店のことを聞いたという経緯だったと思う。

色んなメニューがあり何を注文したら良いのか分からなかったので店主のおすすめをお願いする。

続々と出てくるうどんはどれも個性的で全てが完成された味だった。

中でも黒ゴマペーストを掛けた黒カレーうどんは絶品。最初は『カレーうどんなんて何を食べても一緒でしょ?』と思っていたのだが完全に覆された。見た目、麺のコシ、スープの味までもが、ひとつの作品のようで、もはや芸術的にも感じた。

ランチの営業時間が終わると店主も我々のテーブルに座り、兄ィが私を紹介する。色んなご縁が重なって、一時期アメリカで一緒に働いていたこと。交通事故でお互い死にかけたこと。LAのボロいホテルで数ヶ月間共に暮らしたこと。そのホテルにはキッチンがなかったので電気ケトルを使って鍋をしていたこと。などなど…今となってはコメディにしかならないエピソードばかりだった。

途中、宮杯なるシークワーサー割を作ってくれて話は更に盛り上がった。

「なんで『Jazz Keirin』なんですか」

「そりゃあ、うどんが好きでさ、ジャズも好きで、競輪が大好きだからだよ」

ごっつい顔つきの店主が優しい目で語る。話を聞くと店主はこれまで色んな経験をされてきたようで、その内容は驚きの連続だった。ニュージーランド、チベットと移り住み、スリランカでタワシ工場を立ち上げて大儲け。そして、讃岐うどんとの出逢い。競輪を通して出逢った人の話や、好きなことずっと続ける意味などを熱く語ってくれた。

話を聞きながら、どこかの居酒屋のカレンダーで読んだ相田みつをさんの書を思い出した。

『ひとの世の幸不幸は人と人とが逢うことからはじまる よき出逢いを』

たしかに人は出逢いと別れを繰り返し、繋がりや絆を深めながら、成長していく生き物だ。考えてみればこの日も、兄ィとの出逢いがあって、店主との出逢いがあって、幸せな時間を過ごせたのだ。

夕暮れ時の帰り道、兄ィが言った。

「おれさ、初めてあの人と会って話を聞いたけど。ああいう人が大好きなんだよね。凄くエネルギッシュでさ、ひとつのことをやりぬく覚悟のような強い想いを感じない?」

嬉しそうなその表情は店主との出逢いに喜ぶ最高の笑顔だった。

「もう一杯飲みに行きますか?」

そう声を掛けたとたんキョロキョロしながら居酒屋を探しはじめる兄ィだった…。

『Jazz Keirin』店主のエピソードが本になっていたみたいです。


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