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祐天寺『とんこつ麺 砂田』Happyをくれたラーメンとおじちゃん

飲んだ帰り道に美味いラーメン屋があるとその人の人生はHappyだ!と、私は断言する。できればとんこつ醤油系だと尚更いい。

以前、住んでいた祐天寺の部屋から徒歩3分の場所に『砂田』というラーメン屋さんがあった。しかも、いつも行く居酒屋の帰り道にあり、とんこつ醤油系だったのである。

一杯飲んで帰る途中、このラーメン屋さんを見つけた。『こんな場所にあったっけ?』いつからオープンされていたのかは定かではないけど、店の前にはまだ花束などが飾られていたので、開店されたばかりの頃だったのではないだろうか。

夜の9時頃、外から中を見ると客は数名だったので、悩むことなく中へ入った。店内は全て新品という感じで、10席ぐらい座れるL字のカウンターがあった。席に座り厨房を覗くと、見覚えのあるおじちゃんが立っている。『あ!醤丸のおじちゃんだ!』声には出さなかったけど顔はしっかり覚えていたのだ。

15~6年ぐらい前、おじちゃんは駒沢通りにある『醤丸』というラーメン屋を営んでいた。その当時、一緒に住んでいたルームメイトは生活動線上にあるこのお店が大好きで、仕事帰りに週2~3回ぐらい通っていたようだ。私も彼に誘われて何度か訪れたのだが、頑固そうな顔したおじちゃんがやさしい眼差しでラーメンと真剣に向き合っている姿が印象に残っていた。

ある日ルームメイトがつぶやく。

「醤丸のおじちゃん、最近店に出てないんだよ。なんか味も変わったような気がするんだよね…」

その時は『へぇ~そうなんだ』くらいの返事しかしていなかったと思う。やがて時が流れ、彼はシンガポールへ移り住むことになり、私も引っ越しをした。

その後『醤丸』に行く機会がなかったので、おじちゃんが店に戻っていたのかは知らない。だけど、まぎれもなく目の前には、あの時のおじちゃんが立っている。

おそらく私のことは覚えていないだろうから、ちょこんと頭を下げてから〈ラーメンの硬目、濃い目、多目〉を頼んだ。厨房で調理をするおじちゃんの姿は『醤丸』時代と変わらなかった。ひとつひとつの動作に無駄がなく、愛情をも注ぎ込んでいるかのように丁寧に調理していく。

ラーメンが出来上がると、カウンター越しに

「はい。硬目、濃い目、多目ね~」

と言って手渡してくれる。

スープを一口すすると、喉に流れるあっさりとしたとんこつ醤油の味が絶妙だった。にんにくを少し入れて食べると、更に美味しくなった。太めのちぢれ麺を海苔で巻いて食べるとたまらなかった。なにより生活動線上にこのお店ができたことの喜びを感じた。

それからは、このお店によく通うようになった。若い連中を連れて行った時は、ライスを注文させて、そのデカ盛りサイズを驚かせた。

『今日は〆にラーメンが食いたい!』となれば、必ずここのおじちゃんの顔を思い出した。

何年かして、当時のルームメイトが一時帰国した。行きつけの居酒屋で飲んでいる時にふっと尋ねてきた。

「醤丸ってまだやってる?」

「醤丸は知らないけど、あのおじちゃんさ、ウチの近くで新しく『砂田』っていうお店を出したんだよ」

「マヂ?行きたい!」

即答だった。会計を済ませると、急いでタクシーに乗った。お店の前に着くと看板の電気が消えている。でも、シャッターが少しだけ開いていたので、ひとまず降りて、下から覗き込んだ。人の気配がある。

「おじちゃん居る?おれさ、シンガポールから食べにきたんだよ!」

すると奥から人が歩いて来るのが見えた。『ガラガラガラ』シャターが開く。出てきたのは砂田のおじちゃんだった。寝ていたのか目をパチクリしながら、

「おお、なんか見たことある顔だなぁ」

「醤丸の時はよく行ってましたよ」

「あ~深夜に来てた子かな。ゴメンな今日は急遽休んだんだよ」

「そうですか…。じゃあ写真だけ一緒にいいっすか」

「おれと…?」

お休みのところご迷惑だっただろうけど、嫌な顔見せず記念撮影に応じてくれたおじちゃんは、やはり優しかった。

昨年このお店は閉店。風の知らせで、おじちゃんがお亡くなりになったことを知る。残念だけど何年かの間、あの味をいつも食べられた私は『本当にHappyでした』ありがとう、おじちゃん。


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