不世出の天才ダンサー、ニジンスキーの生涯を描くー『ニジンスキー―踊る神と呼ばれた男』(鈴木晶著/みすず書房)

(敬称略

「はじめに」に「本書が対象にするのは」「ダンサーかつコレオグラファー(振付家)としてのニジンスキー」と書かれているように、マリインスキー劇場時代も含め、ニジンスキーの「踊り」の部分について詳しく描かれている。著者は四半世紀前に『ニジンスキー 神の道化』を書いているが、「あとがき」によると、「最初からもう一度全部書き直すことにした。ただし、前著をそのまま残した部分も若干はある」とのこと。同書を私は未読なので、その辺りのことを判断はできない。

生年、生誕の地、両親、兄と妹、ニジンスキー自身の帰属意識(正式にはポーランド人だが、自身はロシアを母国としていた)ことから、極めて詳細に生涯を辿っていく。学校時代、さらに「あとがき」でも書いているようにマリインスキー劇場時代なども、様々なエピソードが重ねられていく。卓抜した跳躍力と演技力があったものの、口下手(著者は、言語コミュニ―ケーションが不得手で、「コミュ障」だったとしている)だったこともあって、いじめられていたことなど、興味深いエピソードだ。体系的には、お世辞にもスラっとしていたわけではないが、踊り始めると、その場に居合わせた者たちの目を引き付けずにはいられなかったようだ。
リヴォフ公爵やディアギレフとの関係も、ニジンスキーが持つバイセクシャルな傾向(後半生でもこのことは出てくる)に加え、ステップアップや贅沢な暮らしへの憧れだけが理由だったわけではないようだ。
著者はニジンスキーをダンサーとして卓抜だっただけでなく、振付家としても高く評価している。これは、公式に振り付けを認められている作品だけではなく、『薔薇の精』(公式にはフォーキンの振付だが、「少なくとも部分的には、ニジンスキーの振付作品と見なすこと」ができると著者は書いている)なども含まれている。
ニジンスキーの跳躍や振り付けた作品の映像が残されていないのは残念でならない。しかし、著者が書いているように、逆に想像して楽しむことも可能である。ニジンスキーは、そういった意味でも私たちの想像力を惹きつける存在である。

分からないこと、判断ができないこと、推測であることなどは、その点が明記されているので、記述全体には信頼がおける。また、2022年に刊行されたリン・ガラフォラの『La Nijinska』(邦訳はない)を参考にしているようで、妹のブロニスラワに関してもかなり詳しい。ブロニスラワも高く評価しているので、ぜひ、同書の翻訳も出して欲しいものだ。

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